52 新たなるレダ神の預言者 ①
お待たせしました。
それから数日たった日の事だった。
「ど、どうしたの、これ…?」
部屋の中は甘い花々の香りで溢れていた。
奴隷たちがせっせと荷物を運び入れているため、部屋の中にはおびただしい量の贈り物と花の入った壺がずらりと並べられている。
ちらっと見る限り、籠には旬だったり珍しい異国の果物、多分景国で織られただろう高級な絹の反物が山積みにされている。
隣に置かれた大きな櫃の中には大量の金貨、金や銀製品と宝石で出来た装飾品や、珍しい異国の香料の瓶などびっくりする程の高級品も並んでいた。
「ま、まあ…この素晴らしい贈り物の数々はまさか…陛下から…?」
「いえ、違いますわ。帝都ウビン=ソリスにあるレダ神の神殿からですわ」
「え?レダ神の神殿…?」
(どうして?)
ウビン=ソリスにもレダ神の神殿がある事はわたし自身も知っている。
どうやら信者が多い上、大変大きくて参拝者も桁違いらしい。
ニキアスにも『レダ神の神殿に行かないのか?』と何度か聞かれたことがある位だ。
けれどアウロニア帝国にとっては、わたしはレダの預言者と同時に敵地ゼピウスから来た王女だ。
同盟国や州ならともかく余所者扱いに等しい。
しかも皇宮からは馬車で半日程離れた首都のはずれにあるらしい。
元々マヤ王女にとっても、ウビン=ソリス内のレダ神の神殿に見知った顔も無く、わたしの記憶の中でマヤ王女がゼピウスに居た時ですら、帝都のレダ神の神殿から特段連絡を貰った記憶も無かった。
*****
この国に来て暫く経つけれど、わたし自身が神に祈る習慣もないのもあって、なんとなく帝都のレダの神殿を直接訪れる事は避けていた。
そもそも女神様の干渉が強くなってからは、怖くてとてもレダ神の神殿の参拝など考えられない。
(なのに…)
何故いきなりレダ神の神殿からこんなに贈り物が届くのだろう。
「どうして…こんなに贈り物を送ってくださったのかしら?」
「分かりませんけれど…後押しをして欲しいと思っていらっしゃるのかもしれませんね」
「後押し?何の?」
「ええ…実は父伝手で聞いたのですが…元老院の何人かが、新しいレダ神の預言者を迎い入れたいと希望しているのだそうです」
「新しいレダ神の預言者?」
そのまま内緒話をする様にリラは小声になった。
「...此度マヤ様が預言者を罷免されたと聞いて、『彼女こそが次代の帝国のレダ神の預言者に相応しい』とレダの神官で預言者のクラウディア=プルクラ様を推薦する動きが活発化されていますの」
(初めて聞く名前だわ)
「クラウディア=プルクラ様って…女性の神官の方なの?」
プルクラとはラテン語で『美女』を示しているらしい。
「はい。クラウディア様は、今何かと話題の女性です。
帝都いちの美女でありながら才媛で、大学で神学科を専攻され優秀な成績で卒業されたそうですわ。
またクイントス=ドルシラ様の教え子でもあり、レダ神の神殿に神官として就くなり預言者としての素質の片鱗もお見せになっていて、レダ神殿の神官長の覚えもめでたいそうです」
「まあ...では、いずれその方が次の帝国付きのレダ神様の預言者になられるのかしら?」
とわたしが尋ねると、リラは『それはどうでしょうか』と首を捻って答えた。
「?...違うの?」
「はい…と言うのも陛下が『帝国付きの預言者』を任命するのは滅多に無いことなのです」
とリラは説明をしてくれた。
ガウディ皇帝の治世において『帝国付きの預言者』というのは、元老院経由では無く、あくまで陛下の私見で選んでいるようだった。
帝国内の有力な神殿や元老院の貴族等から突き上げがあっても、そこは決して揺るがないらしい。
『ですからクラウディア様程の実力者の方でも、帝国付きの預言者に成れるかどうかはガウディ陛下のご決断次第…というところなのですわ』と。
「…皇宮には入るのはとても厳しいという訳なのね…」
「その通りでございますわ、マヤ様」
「知らなかったわ…」
(自分が預言者に成った経緯は、今思い出すのもつらいけれど)
まさか皇宮内で預言者になるのに
(そんなに厳しいハードルが課せられているなんて...)
わたし自身がきちんと把握も出来ていなかった。
*****
「実は...マヤ様がいらっしゃる直前のお話ですが…」
リラは少し言いにくそうに話し始めた。
「帝都のレダ神の神殿から『クラウディア様をぜひ預言者に』と推す強い動きがあったそうなのです」
「え!?」
(そんなことになっていたの…?)
「はい。ですが丁度その時ゼピウスからマヤ様が来られ、この帝国の『預言者』として任命されたために、そのお話は立ち切れになっておりました」
「……」
わたしは初めて聞く話に半ば口をあんぐりと開けていた。
では陛下はあの時――その優秀なクラウディア様を置いて
(わたしを帝国付預言者に使命したってこと...!?)
「はい。ですから…マヤ様が陛下から帝国付きの預言者に任命された時は、かなり帝都のレダ神の神殿からはクレームが入ったそうですわ。ですから…」
『殆どお祝いの言葉も発表されませんでしたけれど』とリラは続けた。
(それは…)
そうなるだろう…と簡単に想像できた。
自国のレダの神殿の神官で、預言も出来る優秀な女性を差し置いて、敵国の王家の女を皇宮内に入れるなんて憤慨ものだ。
そう言えば――『余にとっても都合が良かった』と陛下は言っていた。
(もしかして…この事だったのかしら…?)
考え込むわたしに気付かない様子で、リラは話を続けていた。
「…ですが、流石の陛下のご英断でしたわ。あの『皆既日食』を現象として予測されたマヤ様の『預言』のお陰で、国内の不安はすっかり払拭されてしまわれたのですから…」
「確かにわたくしの評価は上がったようには思えるけれど…」
「その通りでございますわ。ですから帝都のレダの神殿の関係者達も黙らざるを得なかったのですが…」
リラの声色がまた変わった。
「ですが…って、また何かあったの?」
「今回のマヤ様を『預言者』では無く『愛人』とした事で…国内と元老院からそれぞれ反発が出ております」
*****
(ああ…忌々しい)
ドロレス執務官はでっぷりした身体を揺らし、忌々しさに内心歯噛みしながら歩いていた。
(あのゼピウス国から来たレダ神の女狐のせいで…)
陛下の――ガウディ様の為に考えていた計画が、全てぐちゃぐちゃになっている。
皇后に呼ばれ部屋へと向かう途中、執政官は少年時代に会ったガウディとの記憶を思い出していた。
三才程度年上のガウディは少年時代から、勉学の成績はいつもトップクラスだで有名だった。
なのにガツガツと勉強をしている様子は全く無く、齧りつく様に勉強を必死でしていた自分とは全く違う人種だった。
彼は授業が終われば『母が待っているから』と直ぐに帰っていった。
一方――ガウディは、剣や馬術にも優れていた。
レスリングなどの肉弾戦も、長い手足と俊敏な動きで自分よりもずっと巨体の敵をいなし、素早く掛けられた関節技で相手は降参していた。
常に先生の称賛の声を浴びていたが、実は有名だった理由はそれだけでは無い。
ガウディは変わり者で有名だったのだ。
何処か醒めた目をしていたガウディはいつも無表情で皆が近寄りがたく、常にひとり静かに昆虫の本か時折神学や哲学の類の本を読んでいて、明らかに周りの同年代の者からも浮いていた。
また――まごう事無き王弟公の長子だが、実際は次男のゼノの方がずっと優遇されているという境遇も周知されていた。
(あの日の夜…)
自らの死を考える程の虐めを受けていた自分が、いっそ諸共と夾竹桃の枝を抱えてゼノの住む屋敷に忍び込んだ、あの夜。
黒装束に身を包んだガウディと出会ってから。
(――全てが変わったのだ)
お待たせしました。m(__)m
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