49(幕間)死神の預言者 ①
今回は幕間です
藍色の空には小さな月が数個と無数の星が瞬いている。
無数の虫の声は風にたなびく草原の草の音と相まって、遥か遠くから聞こえる潮騒のようでもあった。
白狼は白い毛並みの大きな身体を伸ばし、水鏡の淵にちょこんと両足を乗せていた。
その首には三日月のネックレスが、時折キラッと光りを反射させながら揺れている。
ヴェガ神の神殿内の大きな水鏡を見つめながら、ヴェガ神の遣い白狼のセレネは言った。
「ヴェガ様、どうやらあの子…ガウディはマヤ王女と接近する事に決めたようですわ」
「…はて接近とな?」
本を読んでいたヴェガ神は白く長い髭を撫でるとひょいと椅子から降りた。
覗いた水鏡の中には、ひょろりとしたガウディと隣で見上げるマヤの姿が映し出されている。
「なんじゃ…接近ゆうてもただ話をしておるだけじゃないか。つまらんわ」
少しぷりぷりとしながらヴェガはセレネに言った。
「なにを期待しているんですか?普通に話をしている姿でも珍しい事ですわ」
と呆れた様にセレネは言った。
「でもヴェガ様…まさかあんなにレダ神を嫌っていたあの子がマヤ王女を愛妾にするとは思っていませんでした」
「…嫌っているという訳ではなかろう。あやつはただレダの匂いのするものを必要以上に警戒しているだけじゃの」
ヴェガ神はふおっふおっふおっと笑いながらまた白い髭を撫でた。
「まあ…しかし確かに毎夜の様にレダが忍んで夢に出て干渉されれば、鬱陶しくて嫌にもなるだろうて」
*****
セレネは水鏡をじっと見つめながらヴェガ神へ尋ねた。
「ヴェガ様…私達狼には複雑な人間の感情の動きは分かりかねます。あの子…ガウディは実の母の出来事で、レダ様を憎んでいるのではありませんの?」
「そうじゃな、セレネ。そこが人間の難しいところじゃ。人間にとって強い感情の憎しみは、ある意味愛との表裏一体でもある様じゃ。興味深いところよの」
「その…憎しみと愛が両立するなんて、そこの理が難しくて狼には分かりませんわ」
セレネは理解不能とあっさりと言った。
彼女に限らず、白狼の感情は揺らぎが無く何時でもはっきりと明確なのだ。
「ガウディがレダを恐れ嫌っているのは間違いない。
しかしレダの預言者であったエレクトラの事はこの上なく愛していた…実の母親という事実以上に」
*****
「…ではガウディがレダ神を必要以上に警戒するのは何故なのでしょう?」
「あやつは幼い頃から敏い子だった。
終末を作為的に捻じ曲げようとするレダ始め神々の企みを薄々は察知している。そして自らが支配する帝国が運命に導かれ終焉へと向かうのを感じているのじゃろ。
恐らくは国土が最小限の被害で済む様に立ち回るつもりじゃろうが…」
「…ではこれからあの『亡国の皇子』の書の通り大規模な戦が起こるという事でしょうか?」
真剣な声のセレネの質問に、ふおっふおっふおっとヴェガ神は声を上げて笑った。
「そうじゃな…そればかりは儂にも分からん。流れに因っては起こるかもしれんし起こらんかもしらん。彼の本の通りであれば起こる予定でもあるが、その戦自体が小規模で収まるか若しくは国土を全て焼き払う大戦争になるかはあくまでもその時の状況次第じゃ」
ヴェガ神はそう言うと、笑いを収めて水鏡に映る二人の姿を見つめた。
「…どちらにしろガウディ=レオスの支配するアウロニア帝国は必ず終わる。ガウディは12歳でこの神殿に呼ばれた時にそれを理解し、覚悟を持って現世に戻っているのじゃよ…儂の預言者に成る資格を捨ててな」
ヴェガ神が指先をパシャッと水鏡の中へと沈めた。
皇帝ガウディとマヤ王女の姿が一瞬ゆらりと歪む。
「…手出しされるのを死ぬ程嫌がるあの子を見るのも一興じゃな」
「意地が悪いですわ、ヴェガ様。後で神官に猛烈な抗議が来るからお止めください」
ヴェガ神はセレネを見上げながら少し微笑んだ。
「セレネ、預言者はすべからく崇める神に似た性質を伴って生まれる…それがどういう意味なのか分かるか?」
「ええ。その方が預言者は己の神とより一体感を得られやすくなる為ですわ」
「その通りじゃよ。それは優秀な預言者として生まれた人間程、外見だけでなく神自身に限りなく似た性質を持つ事を示している」
「…それはつまり…預言者と信仰する神々の性格や行動の傾向が似てしまうという事ですか?」
白狼は小首を傾げながらヴェガ神に訊いた。
セレネの問にヴェガ神は頷くとふっと小さく笑った。
「その通り…結論ガウディがレダの預言者を受け入れた以上、これを拒むのは難しい。かつて儂が愛する余りレダの裏切りに目を瞑ってしまった様に――…」
『…奴もなるかもしれん』
白狼にはヴェガ神の消えて無くなった言葉が聞こえた様な気がした。
お待たせしました。m(__)m
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