21 兆し ③
マヤ王女の思考はいつもそこをグルグルと回る。
(…ニキアスを傷つけるつもりはなかったのに)
ニキアスの秘密をどうしても知りたい。
それだけだったのに。
ニキアスの顔の痣を見て瞬間的に思い出してしまったのだ。
幼い頃に父王がマヤに語った恐ろしい死と疫病の神『ヴェガ神』の呪いを受けたという人間の物語を。
ヴェガの呪いを受けたものは、あらゆる場所の皮膚が爛れ始め血の通わない青黒い死んだ皮膚になってしまう。
最終的に、治す術は無く徐々に死に至る――と言うものだった。
実際ニキアスの痣は青っぽい色をしていたが、皮膚は艶々として美しい左眼の造作もそのままであったのに。
幼くヴェガ神の呪いの正しい知識の無い傲慢な王女には、分かっていなかったのだ。
「おぞましい!死の神ヴェガ神の呪いだわ!」
その間違った認識と言葉が、マヤの友人の少年をどれだけ深く傷付けてしまったのか。
そしてその決定的な言葉が最終的にニキアスをマヤとレダ神から引き離し、ドゥーガ神の元へ連れて行ってしまった事を。
***************
幼いマヤ王女にも
「ついひどい事を言ってしまったわ」
という認識はあった。
(明日お菓子を持ってきちんとごめんなさいを言おう)
翌日果物と練り菓子を持ちニキアスの姿をレダ神の神殿内で捜し回るマヤへ、昨夜彼は出て行ったと神官は告げた。
ショックを受けるマヤへレダの神官は
「彼は私生児とはいえ、『アウロニア国の王弟公の息子』だから国に帰ったのかもしれません」
そして
「あの気の毒な痣は、生まれ付きのものだそうですよ」
と教えてくれた。
(ニキアスはマヤに何ひとつ言わなかった)
彼自身の身分『アウロニア国の王弟公の私生児』の事も、生まれ付きあったという痣のことも。
マヤ王女が友人以上の気持ちと信頼を抱いていた少年は、彼女へ真実をひとつも告げる事無く姿を消してしまった。
マヤにとってこの真実を知った衝撃は、次第にニキアスへの怒りへと姿を変えていった。
(ニキアスはわたしに本当の事を言ってくれなかった)
そして…彼はわたしに黙って姿を消してしまった。
(嫌よ)
今更…何故わたしがニキアスの為に本当の事を告げなければならないの!?
***************
かつてのマヤ王女の持つ激しい感情に身体ごと揺さぶられる感覚がわたしを襲って、一瞬気が遠くなる。
ニキアスの声がわたしの顔の直ぐ上で聞こえた。
「マヤ!…マヤ!!」
ニキアスの右目――片方だけしか見えない美しい瞳が揺れている。
「マヤ、大丈夫か!?」
わたしを見下ろす表情には確かに、一瞬見えた神殿でのあの優しく美しかった少年の面影がある。
(…そうか、そうだったんだわ)
マヤ王女はニキアスの事が好きだったんだ。
(だから原因は自分のせいでも、黙って神殿を出ていった他国の王子が許せなかったのね…)
「ええ…大丈夫ですわ…」
わたしはニキアスをぼうっと見上げて答えた。
そこには確かに、マヤの身体を心配するような表情が覗いている。
――『姫様…数式は解けましたか?』
在りし日のレダの神殿で優しくマヤ王女へと問いかけてくれた少年と同じだ。
(将軍として黒い仮面をつけていたから分からなかったけれど、今のニキアスは決してマヤを嫌っているだけには見えない)
それに小説に記載されていたような冷酷な人柄じゃない。
わたしは今までのニキアスの言動からそう思った。
今回のハルケ山の預言の事以外でも、やり直しできる部分があるかもしれない。
このままだとマヤ王女だけじゃなく将来、闇堕ちするニキアスも破滅に向かう。
(実らなかったマヤの恋心の為に何とかこのすれ違いの気持ちを伝えてあげたい…)
今の優しい彼の未来の為にも。
お待たせしました。
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