48 皇帝の愛妾 ⑤
お待たせしました<(_ _)>
「…考えてみろ。かつての厳しい修行や仲間等を覆す程、敵国の王女に肩入れをする理由は何だ?いきなり再開した王女に恋したのか?幼い頃に会った相手とて…決して良い記憶の無かった敵国の娘にそこまで執着するのは何故だ?」
陛下の声音には全く感情が入っていないのに、言い方が何かを含んでいて気持ちが悪い。
「そ、それは、きっと…今までのわたくし達のすれ違いの気持ちと誤解が和解されたからですわ」
わたしは陛下の顔を見上げながら必死に言った。
すると陛下から喉を鳴らす様な音が聞こえた。
「やはり王女か…世間知らずな」
陛下が嗤ったのだ。
*****
「あの男の捻れた歴史が王女の言葉ひとつで変えられるとは思えぬ。この世に生を受けた瞬間から、あやつも余も呪われている」
(呪われている…?)
「でも、でも…わたくし達『神』に誓ったのです。決して離れないと」
そうだ。
あの時『女神』に二人で誓った。
そうして、ニキアスとわたしはお互いを愛と神への言葉で縛り誓い合ったのだ。
『全てを俺に捧げて欲しい』
ヴェガ神の庭を訪れた後、ニキアスへ『神に仕える様に誠実に正直に全てを捧げる』とわたしは彼に告げた。
そして馬上でわたしを抱きしめたまま、ニキアスも言った。
「ああ…神かけて絶対に離さない。そして俺も誓う…全てをお前に捧げると」
『神かけて』
*****
「神に掛けて誓ったのか。お前達二人が…愚かな」
ただただ震えるわたしを見下ろしながら、陛下は小さく呟いた。
「――神かけて。レダ神の預言者が己の力の源…レダ神に誓ったのだな」
(そんな…)
わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
起こしてしてしまった事の責任の重大さに、自分の声と身体が震えてしまうのを止められない。
何時の間にか瘧の様に震える自分の身体を、ぎゅっと抱きしめていた。
そう、そして――
(ニキアスに処女を捧げる時も女神様に祈ったわ)
「わ、わたくし…ニキアス様へ…捧げた時も同時に彼へとレダ神への祈りも捧げていました。も、もしや、それも…」
「…捧げた?何をだ」
「ええと...その...」
「何だ?質問に答えろ」
陛下の問に答えるのに実際顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
けれど、今はそれを恥ずかしがっている場合ではない。
それに妙に言葉を誤魔化してこれ以上疑われたくなかった。
「も…申し上げ難いのですが...」
言葉に詰まりながらも居たたまれない気持ちで正直に陛下へ伝えた。
「あの、わ...わたくしの…純潔です。レダ様へ祈ってから…全て彼へと捧げました」
わたしの言葉を聞いた陛下は暫く黙っていた。
そして整えられた顎鬚に触れながら、陛下は忌々しそうに呟いた。
「…きっかけはそれか」
「きっかけ…」
「手始めに…供物を使って義弟と契約をしたのか。女神め…やってくれたな。手の込んだことを…」
陛下はわたしを見下ろしたまま、冷たいとも言える口調で言った。
「余が考えていた通り、レダとニキアスはお前を通じて結ばれた。
お前が信仰を捨てるかニキアスの前から消えれば、繋がりは消えあやつは女神から解き放たれるかもしれんが…もう手遅れかもしれんな」
わたしは全身から血の気が引いて行くのを感じた。
何てことだろう。
(ニキアスに対し女神への祈りと自らの純潔を捧げた事が――間接的でも、彼とレダ神の絆を結んでしまったという事…?)
ただ呆然としてショックを受けているわたしをちらりと見た陛下は
「…後日また来る。余は急いで執務に戻らねばならん」
とだけ言い残して、足早に部屋を去って行った。
陛下の足音が聞こえなくなり扉が閉まる音が聞こえるのと同時に、リラがわたしの元に駆け寄って来た。
「マヤ様、マヤ様…大丈夫ですか?こんなに項垂れて…まさか陛下が何かご無体を…」
と言いかけたリラはハッとしたようにわたしの顔を覗き込んだ。
*****
ぽたぽたとわたしの目から涙が零れ落ちて行く。
「違うの、陛下ではないの。陛下では無くわたしが…わたしがいけないの…」
「マヤ様…」
後悔でわたしの胸がいっぱいになる。
(どうして…こんな事に…)
ニキアスにとって良かれと思っていたのに、彼を何かしら――女神の影響を受ける立場にしてしまった。
最悪な運命を回避させたいが故に…彼を新な運命の鎖で縛ってしまったのだ。
わたしが読んだ小説『亡国の皇子』では、元々ニキアスはガウディ陛下を弑逆する未来があった。
その未来に至るまでの過程に、ゼピロスのマヤ王の処女を奪い彼女を処刑する。
(それをわたしが回避しようとした事が…)
その結果が、ニキアス将軍はわたしをただの敗戦国の王族の捕虜では無く、恋人としてアウロニア帝国の首都ウビン=ソリスへ連れ帰った。
『今度はでかした!』
あの時…わたしの頭の中に高らかに響き渡った喜びの混じる美しい女神の声。
『レダとニキアスはお前を通じて結ばれた』
『あの女神はニキアスが生まれる前からずっとあやつに執着していた』
『あの女神は、自分の信者や預言者を上手く自分の駒の様に使う』
『家系・環境・状況を操り、調整してその結果――人間がその行動を取る様に仕向けるのだ』
陛下のさっきの言葉の数々が、重苦しい意味を伴って次々とわたしの脳内で再生されている。
その時の陛下の言葉の一つを思い出してハッと気づいた。
『我が母も…女神の操り人形の様に動いていた』
*****
我が母も?
(嫌な予感がする…)
確かにバアル様も言っていたではないか。
陛下のお母様が元々レダ神の預言者だった事を。
またモヤモヤとした黒い霧の様な不安が込み上げてくる。
『女神の操り人形だった…』
ガウディ陛下のお母様――レダの預言者。
(わたし…わたしも?)
レダ神の預言者マヤ王女…まさかわたしも?
(時折わたしの頭の中に響いていた美しい女性の声…)
あれはレダ神の声に間違いはないだろう。
もしやわたし自身も――いつしか知らずうちに操られてしまっていたのだろうか?
その可能性を考え始めると心の底から恐ろしくて仕方がない。
しでかしてしまった大変なことも、無意識のうちに
(…実際は操られていたのかもしれないんだわ)
今となっては自分が行った全ての選択が、本当に自分自身の考えだったのかも分からない。
ニキアスに奪わせない様にただ処女を自ら捧げるだけであれば。
ただあの時『抱いて欲しい』と云えば済んだのかもしれない。
(いいえ。だけど…)
わたしがあの状況で普通に誘惑したとしても、ニキアスがわたしを警戒して手を出さなかった可能性は十分にあるのだ。
(そんな気がするわ…)
何せかつて『嘘つき』と評判で強情っぱりの…過去に何度も彼を傷つけた実績のある女性だ。
結局わたしが『自分の気持ちの誠実さ』をレダ神に掛けて訴えたからこそ、熱心に神を信じるニキアスが最終的にわたしを受け入れた可能性が高い。
(それは否定出来ない)
それに――あの時のニキアスの記憶や感情を書き換えようとする、太陽神メサダの恐ろしい妨害工作を思い出せば尚更だ。
(だから…)
知らず知らずのうちに、まさに女神の思惑どおり…そうする様にわたしは動かされていたのかもしれないのだ。
それが不可抗力だったとしても。
(きっと…わたしがニキアスとレダ神とを結びつけてしまった)
結果的にそうしてしまった事に変わりはないのだ。
*****
『女神の操り人形』
わたしの背筋をぞわりと冷たいものが走る。
陛下は生まれてからずっと、と言っていたではないか。
いつから?
どこから?
(もしかしたら――この世界で目覚めてから…?)
いや。
もしかすると。
(もっと前…?)
もしかすると本来のマヤがゼピウス国の第二王女として誕生してからかもしれない。
わたしは沸き起こる不安に耐えられなくなって、思わずリラにしがみ付いた。
わたしの行動にリラは途方に暮れた様な表情で見つめている。
「リラ…わたしはこの国に来るべきでは無かった。こんな事になるなら…あの時…ゼピウスの炎の中で…死んだ方が良かったのかもしれない」
「マヤ様…いきなりどうされたのですか?」
「わたくし…何てこと…取返しの付かない事をしてしまった…」
胸が潰れそうになる様な後悔と吐きそうな程重苦しい不安に襲われて、暫く涙と震えは止まらなかった。
「大丈夫ですわ、マヤ様…きっとすべて上手くいきますわ」
リラは困惑しながらも泣きじゃくるわたしの背中を、長い間優しく撫でた。
どこか遠くで――実際はわたしの頭の中でなのかもしれない。
レダ神の美しい笑い声が聞こえた様な気がした。
お待たせしました。m(__)m
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