42 皇帝の愛妾 ②
お待たせしました<(_ _)>
『アウロニア帝国専属『レダ神』の預言者マヤ=ゼピウス。そなたに今この場から、アウロニア帝国ガウディ=レオス皇帝陛下の『愛妾』の位を授ける。
この内容は議会を通さない、所謂――陛下直々の御決定である』
『そなたはこの瞬間、陛下のものに成ったのだ』
やっと挫いた足首が治ったと思うと、今度はいきなりの『愛妾』宣告、のちの預言者の棟からの部屋の引っ越しとわたしのまわりはバタバタとしていた。
わたしは壁に掛かっているウロボロスと太陽と月の図柄のレリーフを見上げた。
(真ん中の赤い石が気になって仕方がないわ)
陛下の部屋にあったものとそっくりな石の存在が、まるでかつての世界の監視カメラの様に感じてしまう。
『一切の反論、反対は許されぬ。万が一逃走した場合、その身に重い罰が下されると考えよ』
(逃げると云ったって…足首が痛んで歩くのもままならない状態で)
「一体…何処にどうやって逃げればいいというの?」
すると側にいたリラがそれを聞いて頷きながら、わたしの心の内を読んだかのような台詞を言った。
「本当に…何と云うか、困りましたわね。ニキアス様がいらっしゃらない時に限ってこんな事に…」
「そうね。せめてニキアスにこの事を伝えられれば……」
わたしは大きくため息を吐いた。
(伝えられれば…といっても)
例えニキアスがアウロニア帝国に留まっていたとして、何か状況は――変わっていただろうか?
(分からない…わたしは一体どうしたら良かったの?)
『ニキアスに殺される事の無い様に』
『ニキアスが帝国に反する事の無い様に』
そう考えて立ち回っていた筈が――今になって裏目になっている気がする。
(もしニキアスが、このままアウロニアに戻ってきたとしたら…)
陛下の愛人という立場になったわたしを見て『裏切られた』と思うかもしれない。
(いえ…きっと思うわ)
当時一緒に仕事をしていただけの天文学者アポロニウスにも、嫉妬心を燃やしていた彼の事だ。
ニキアスは以前にも言っていたではないか。
『次に裏切られたら、俺は――狂うかもしれない』
*****
引っ越した部屋を片付けながら、方々で奴隷に呼ばれたり質問されているリラは、朝からずっとバタバタと動き回っている。
手伝おうと立ち上がったわたしは、リラにあっさりと止められた。
「マヤ様はどうそお休みになって下さい。ここ最近良く眠られていないでしょう、両目の下に大きなクマが出来ていますわ」
リラには全てお見通しだったらしい。
「…分かったわ。ありがとう」
心が落ち着かない時は動いていた方が返って気が紛れていいのだけれど。
なだらかな曲線の多い優美なデザインの長椅子には、絹を鮮やかな黄色と青色で染め上たフカフカのクッションが置いてある。
(…仕方が無いわ)
そこにわたしは所在なく膝を抱えて座っていた。
同じ様なデザインのサイドテーブルの上には、あの大きな白い桃と小さな林檎とブドウが白い大皿の上に美しく飾られ、ちいさな花瓶にはガルデニアの花が枝ごと飾られている。
部屋に漂う甘い香りを嗅ぐとリラックスしてきて、少しずつ眠気も感じられた。
するとその時――部屋の扉が数回大きく叩かれた。
「またドロレス様かしら…?」
三日前の事を思い出したわたしは、長椅子から立ち上がり自ら扉を開けに行った。
「はい、今開けますわ」
扉を開けると、そこには背の高い細長く黒い影が――。
(いえ、違うわ)
そこにいたのは、陛下――アウロニア帝国皇帝ガウディ=レオスそのひとが立っていたのだった。
*****
「……!」
驚きのあまりとっさにわたしは声も出せずにいた。
(どうして陛下が…?先ぶれも何も無かったじゃないの…?)
丁度その時リラが戻ってきたのか、陛下の姿を見た彼女は慌ててその場で跪いた。
「マヤ様、申し訳ありません。お客様がいらっしゃったとは気づかず…まあ――陛下!?」
そのまま彼女の後を鴨の雛の様にぞろぞろと付いて回っていた奴隷達も、続々とリラに倣って床に跪く。
立ち尽くすわたしと床に深々と頭を下げているリラ一行をちらと一瞥した陛下は、ひび割れた声で言った。
「…女官共々部屋の外で待機せよ。余はこの愛妾に話がある」
*****
チラと顔を上げると、リラの目には前回の事を思い出したのかマヤ王女の顔色が、みるみるうちに青ざめていくのが分かった。
マヤ王女が助けを求める様にこちらを見たが、女官の自分には何も出来ない。
ぞろぞろと奴隷や他の女官と共に部屋を出て行く際、リラは青ざめて緊張した面持ちのマヤ王女へと小さく耳打ちをした。
『マヤ様…落ち着いてください。間違ってもどうか、陛下に逆らったりしない様…』
マヤ王女は力無く小さく頷いて、そのまま項垂れた様にその場で立っていた。
扉が閉まる直前にリラは、ガウディ陛下が手を伸ばしてマヤ王女の肩に置くのが見えた。
そしてそのまま物音ひとつしないまま二時間程時が経つと、ガウディ陛下は訪れた時と変わらない状態でマヤ王女の部屋を退出したのだった。
*****
リラは足音を忍ばせて静かに部屋へと戻って来た。
その時女官が見たのは、あの鮮やかなクッションのある長椅子の上で膝を抱え、声も無く泣いているマヤ王女だった。
「――マヤ様!…マヤ様、大丈夫ですか?陛下に何か…」
マヤ王女は碧い海の様な瞳に涙を浮かべ、急いで駆け寄ってきたリラを静かに見つめた。
「――いえ…違うわ、リラ。陛下ではないの。陛下では無くわたしが…わたしがいけないの。わたし…わたしはこの国に来るべきでは無かった。あの時ゼピウスで…死んだ方が良かったのかもしれない」
お待たせしました。m(__)m
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