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嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される  作者: 花月
3.亡国の皇子
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31 預言の始まり ③

大変お待たせしました。

バアル様の堂々とした姿を見たアポロニウスは、圧を感じたのかほんの少し後ずさった。


「お取込み中だったかな。クセナキス将軍御子息殿」

「…僕の名前は御子息でなく、アポロニウスです」

「そうか、アポロニウス殿。君の仕事は、日蝕が終わるまでベルガモンに於いてお父上とこの現象の説明と警備をする筈だったのでは?少なくとも私はクイントス=ドルシラと執政官にその様に聞いたのだがね」


わたしをちらっと見下ろしたアポロニウスは、わたしと目が合うと直ぐに反らし、小さく顎を震わせて反発する様にバアル様へと云った。


「それは…貴殿に言われなくとも、直ぐに戻ります。ここへは天文学の研究室に資料を取りに来ただけですから」

「そうか。それはお疲れだろうが、引き続き任務を頑張ってくれ」


バアル様の言葉に返事を返さずに、アポロニウスはわたしを無言でじっと見下ろしていた。


纏わりつくようなアポロニウスの粘っこい視線に思わず身が震える。


「マヤ姫、大丈夫か?立てるか?」

バアル様はスッとわたしに大きな手を差し出した。


「は、はい…失礼します…」

ゴツゴツとした肉厚な手に捕まるとバアル様は直ぐに、わたしを軽々と引っ張り上げてくれた。


立ち上がった瞬間、少し足首が痛む。

ゆっくりと歩く分には何とかなりそうだったけれど。


「大丈夫です…ありがとうございます…」

バアル様を見上げ、色んな意味を込め言ったつもりだ。


「では行こう。何と云っても今回の『皆既日食』の神託を降ろした話題の預言者だからな。是非話を聞きたいという元老議員もあちらで待っている」


今の話しの流れでは、その為にバアル様がわたしをわざわざ捜してくれたのは明らかだ。


『分かりました』とバアル様へと頷いて、わたしは改めてアポロニウスの方へと向き直った。

「ごめんなさいアポロニウス、これで失礼するわ。あの…」


『道中お気をつけて』とわたしの目の前に立っているアポロニウスに伝えたが、その表情からは何も読み取れず、彫像にでも為ったかのように動かなかった。


ほんの数か月前…共に『皆既日食』について話し合い熱心に天体について語っていた研究者アポロニウス――ちょっとおっちょこちょいだが、気のいい爽やかなかつての青年の姿は、今やそこに無かった。


 *****


「クセナキス将軍の御子息…アポロニウスと云ったか…」

アポロニウスから離れて歩き出すと、バアル様がわたしに言った。


「歪んだ欲望を持つ者の目をしておりましたな…危ない所だった」

「…危ない…ですか?」


(歪んだ欲望…)

それ以上なんて返答していいのか答えあぐねていると、バアル様はあっさりと云った。


「下手をすればあのまま違う部屋に連れ込まれるか、会場から連れ去られる可能性もあった」

「まさかそんな…連れ去るなんて、そこまではいくら彼でも…」


わたしはバアル様の言葉に驚きつつも答えた。

どさっきの転倒で捻った足首が徐々に熱を帯び、少しずつ痛みを増しているのを感じた。

同時に不安にも襲われる。


(…このままだと痛くて歩けなくなるかもしれない)


「いや、甘く見てはいけない。でなければ父親の叱責を受けるのを覚悟して、わざわざ招待されていない宴に忍び込み貴女へ声を掛けますか?」

「…そう…言われてみれば、確かに、ですけれど」

確かにわたしにでも分かる位アポロニウスの行動は行き過ぎている。


「余程…貴女に熱を上げているのかもしれませんな」

「熱…ですか?」

(――そんな事を云われても)

思い出せる限り彼に勘違いさせる様な行動をわたしが取った覚えは無いのだが。


「彼にそんな…気を持たせる様な事をしたつもりは無いのですが」

と云ったわたしにバアル様は白い歯を見せてにっこりと笑った。


『何がきっかけで恋に落ちるのかは当人でなければ分からない』

と言った後に

「彼の場合、気持ちが一方通行だからこそ余計に貴女に執着するのかもしれないが…」


そしてそのまま少し心配する様な表情を浮かべてわたしへと忠告をした。


「…大きな宴になる程、どうしても会場に出入りする人々が増えて、その素性や流れの完全な把握が難しくなりがちだ。だからあのクセナキス将軍の息子の様に、自分の地位を利用し招待されていない場に入り込む事も可能なのだよ。マヤ姫…全方位に目を配り、注意をした方がいい」


(そう言えば、同じような内容をフィロンにも忠告されていたわ)


「はい。すみません、気を付けますわ…」

「…では元老院議員の方が待っている場所まで案内しよう」


 *****


バアル様の後についていったわたしは、会場内をたむろっている元老院議員に会う度に、レダ神についての『信仰』と今回の皆既日食の『神託』について尋ねられた。


わたしはその都度、『マヤ王女だったらこんな風に答えるんだろうな』と考えながら答えた。


特に思い出せない事に関しては完全にお手上げ状態だけど、分からない事・応えにくい事には、曖昧に微笑みながら小首を傾げれば相手の方が勝手に『成程…』と言って納得してくれた。


幾ら前回のレダの預言者マヤ王女やその前のガウディ陛下の母上エレクトラ様の記憶が一瞬のうちに甦ったとは言え、人間の記憶と同様――忘れてしまっているところもあるだろうし、何よりもわたしはその時の人格とは全くの別人だ。


例えて言うなら、その人の人生をまるで映画を見返すように記憶とその時の感情は甦っては来るけれど――飽くまでわたしはわたしだ。


一時その場面の感情に支配はされても、時間が経てば『わたし』に戻れるのはありがたかった。


 *****


わたしは一瞬――自分の頭上にある太陽を見上げた。


ぽっかりと開いた会場の真上には眩しい太陽が昇り、その半分を既に覆い隠す程の大きな月の陰が覆い被さっている。


大広間の真っ白いタイルの様な床には、まるで太陽が徐々にやせ細った三日月の様に刻々と姿を変えていく様が映し出されていた。


(これから日蝕の影響で空が昏くなり肌寒くなるんだわ)

と同時に少しひんやりとした風が吹き出した。


「おお…何だか宵闇のようになってきたぞ」

「なにやら…気温が下がっているな」

と口々に出しながらも、人々は観測箱を覗いている。


今まさに『皆既日食』の姿に心を奪われている人々でごった返す会場の中、わたしは上座の陛下の座る長椅子の方に――ふと、目をやった。


そして、陛下と目が合った。


 *****


青空が徐々に昏くなり、明るさを失っていく。


陛下はわたしをじっと見つめていた。


その視線を見返す内にスッと人々の騒めきは消え、その代わりザザっと風になびく草の波の様な音がする。

そして不思議なのが、風でたなびく草の音と共に小さくて聞き取れないが、呟く子供の様な声が聞こえているのだ。


「…もうすぐヴェガの神殿の上に新月が降りてくる」

「でもほんの五分だけだよ」

「ガウディはどうするんだろうね」

「ヴェガ様はどうするんだろうね」

「守護狼オリエンスは放たれた。きっと皇子を迎えに行くだろう」


(『オリエンス』…?)

いったい何の事なのだろう――『守護狼?』


わたしは陛下を見上げた。

陛下の薄い唇が声を出さずに動くのが見える。


『ここへ来い』


わたしはまた一瞬だけ空を見上げて――小さく頷いた。

お待たせしました。m(__)m


読んでいただきありがとうございます。

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