27 預言者は試される ②
お待たせしました。
「早く妾の前に来なさい、レダの預言者よ」
わたしはヨアンナ皇后様の御前に呼ばれた。
すると何時の間にか奴隷がわたしの背後に立っていて椅子の背に手を置いていた。
わたしの座っている椅子を引こうしている。
それは立ち上がって、御前まで歩けとの合図だった。
わたしはその場に立つと手伝って貰いながら、チュニックの上にトーガを羽織った。
そしてそのまま大広間の豪華な絨毯の敷かれた中央の通路を、途中で元老院の貴族等の好奇心と、バアル様の心配そうな表情と、第三評議会のクイントス・ドルシラの不安気な視線を感じながら歩いた。
(…もう、どうしてこんな事になったのかしら)
わたしは心の中でため息を吐いた。
今日は『皆既日食』が実際に起こるのかを確認するための宴に出て、その後は陛下と過ごすというハードワークをしなければいけないのに。
すると歩く途中でわたしの耳に、元老院の議員達がぼそぼそと話す声が聞こえた。
「何やらレダの預言者は不服そうな顔をしていますな…」
その言葉にハッと気づいたわたしは
(そうだった。簡単に表情を読まれない様に隠さなければ…)
と思い直した。
そして下手な言葉を云ってはいけない。
いつだったか、わたしは陛下に言われた言葉を思い出した。
『それが分からぬのなら、いつか昏い道で殺されても文句は言えぬな』
(わたしはここではひとりだ)
そう思いながら深呼吸をした。
ここでわたしを助けてくれる者は居ない。
ひとりで何とかしなければいけないのだ。
******
皇帝陛下と皇后家族の座る長椅子は、他の元老院の貴族等の居る場所よりも四、五段高くなっている場所に置かれている。
そしてその前には大きな大理石のテーブルがあり、既にその上には沢山の食事が置かれていて、小さな姫君達はそこから手づかみで好きなものを食べている。
ガウディ皇帝はゴブレットに入ったワインを飲んでおり食事は採っていない。
ヨアンナ皇后は時折果物を摘まんでいる様子だった。
(謁見の間に比べると陛下ご家族までの距離はずっと近いわ)
マヤ王女は思った。
皇帝への距離が近づくと、止まれと云った様にマヤ王女の前に長槍を持った衛兵が立ちはだかった。
「レダの預言者参上致しました。陛下、皇后陛下」
マヤ王女が陛下と皇后様の座る長椅子の前で小さくそう言うと、衛兵が左右に別れて下がった。
王女はガウディ皇帝と皇后の視線を頭上に感じながら、少し膝を折って軽く頭を下げた。
「…まあ。陛下の御前だというのに、膝を折って頭を垂れないとは、なんと…」
孔雀の羽を使った団扇を優雅に扇ぎながら、ヨアンナ皇后はちらりとガウディ皇帝を見た。
「…恐れながら、皇后陛下」
マヤ王女の蜂蜜色の艶やかな金髪には、白い花と月桂樹の葉が編み込まれ揺れている。
俯いたままのレダの預言者は、細いがしっかりとした声で話し始めた。
「わたくしはレダ神の預言者でございます。預言者が膝を折り、頭を垂れるのは我が神の御前のみ。ガウディ皇帝陛下の御前でもそのようにさせて頂いております」
「うむ。その通りだ」
ガウディはヨアンナ皇后へ平板な声で云った。
そしてそのままやや面倒そうにひび割れた低い声で続けた。
「…余はその神々より優れていると思う程は驕っていない故。特に預言者に関しては余に不敬が無ければそれで良い。ところでヨアンナ、そなたは何故にレダの預言者をここに呼び出したのだ?」
「まあ陛下…ほほ、そんなに深い考えはございません。『美しい』と噂の豊潤を司るレダ神の預言者を、妾は近くで見てみたかっただけですわ。ほほ…それこの娘達も預言者を間近に見る機会はそう多くは有りませぬ由…ねえ姫達、そうよね?」
皇后は鈴の音を鳴らす様な軽やかな声で笑うと、食事の途中の娘の姫達に同意を得る様に促した。
「うん、姫はレダの預言者のお顔見たい~」
「見せて、見せて~、マヤ王女」
「ねえ、いいでしょ~母上様、父上様」
小さな姫達は食べる手を止めて、ガウディの方へ向いて言った。
ガウディは無表情で娘達を見ると、そのまま感情のこもらない声で目の前のレダの預言者へ命じた。
「そうか――では面を上げてこちらを見よ。レダの預言者」
戸惑った様に一瞬ビクっと身体を揺らしたが、次の瞬間観念したようにマヤ王女は真っ直ぐ顔を上げ、上座の皇帝と皇后へと視線を向けた。
いつもよりに華やかな化粧を施したマヤ王女の可憐な顔は美しく、碧い海の様に揺れる瞳は特に人を強く惹き付け、印象的でもあった。
「わあ、すごい…綺麗な目ん目ねぇ…」
「海の色をしてるわ。姫もあんな瞳が欲しかった~」
マヤ王女を見た皇帝陛下の姫君からは次々と賞賛の声が漏れて、それを見たヨアンナ皇后は、拍手する様に団扇を軽く手で叩いた。
「ほほ…噂通りゼピウスの王女は、大変お美しゅうございましたわ。さてその見かけ通り、レダ神の預言者としても優秀だとようございますわね、ねえ陛下」
「…何が言いたいのだ、ヨアンナ」
ガウディはため息を付きながら、脚を組み替えた。
「いいえ。今日の『皆既日食』とやらが本当に起こるのかが楽しみですのよ。ほほ…当たれば妾の個人的な占いでもお願いしたい位ですわ。ねえ…陛下いいでしょう?」
ヨアンナ皇后は、いつ何時も自分のお願いなら聞き入れる夫へ『当然』の様にねだった。
するとガウディは、またひび割れた声で少しうんざりした様に皇后の言葉を即座に却下した。
「それは許可出来ん、ヨアンナ」
驚いた様に目を見開くヨアンナ皇后をそのまま見下ろす様に、ガウディは云った。
「預言者は市井の占い師などではない。彼等は選ばれた神の言葉の代弁者だ。占いをして欲しくば城下街から幾らかかっても良い――お前の気に入った占い師を呼んでくるがよい」
*****
ガウディ陛下がヨアンナ皇后様にそう言った瞬間、わたしは皇后様の唇が震えるのを見た。
すわ夫婦喧嘩がこれから始まりそうな不穏な雰囲気の空気が流れ、大広間は水を打った様にしん…と静まり返った。
するとガウディ陛下はわたしに向かって手を振って、何事も無かったように
「自分の席に戻れ、レダの預言者」
というと、また退屈そうな表情で長椅子にもたれかかる様に背を預けた。
ヨアンナ皇后様はまだ無言で陛下の顔を見つめている。
慌てた様にパンパンと手を鳴らす音と共に、ドロレス執政官の声が響き渡った。
「――楽し気な音楽を!楽器を鳴らせ!」
そして『料理をもっと運ばせろ』と近くにいた給仕の奴隷達に命じた。
お待たせしました。m(__)m
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