26 預言者は試される ①
お待たせしました。
嘔吐に関する描写あります。
苦手なかたご注意下さい。
大広間で催される宴も卿に乗って、人々の談笑する声や楽器隊が奏でる音楽も楽し気なものに変わっている。
元老院の議員達はリラックスした姿勢で座ったり、完全に寝台の様に横たわったりしながら、美しく着飾った奴隷が次々と運ぶ軽い食事を食べながら、ワインを飲んで談笑する姿がそこかしこに見られている。
皆思い思いに好きなものを手づかみで食べ、果物の皮などは床に無造作に捨てているのを、奴隷達が何事も無い様にサッと片付けていく。
(昔のローマ時代の宴会もこんな感じなのかしら?)
以前の世界で見た映画を思い出すと、確かもっと寝台を食事の乗ったテーブルを囲んでいたような様な気がするけれど、おおむね目の前の光景と大差は無かった。
わたしの椅子の前のテーブルにもワインを水で割ったものやフルーツ・蜂蜜入りのカッテージチーズなどが次から次へと置かれている。
「ぼーっとしているけれど、食べないの?」
わたしは隣の椅子に緩く座るフィロンに声を掛けられて顔を上げた。
フィロンはワインの入ったゴブレットを傾けながら、わたしへと云った。
「宴会が佳境に入ってから暫くすると、陛下も皇后さまも席を立つ。そうなると本当に無礼講になるから、元老院の奴ら、御馳走を腹いっぱい限界まで食べ始めるよ。吐いて、汚れた衣服を着替えて苦しくなるまで食べて、また吐いての繰り返しだ」
「ああ…」
わたしは曖昧に頷いた。
それは、以前の世界でも古代ローマ時代の宴の有名なエピソードとして聞いた事があったのだ。
宴会の出席者は次々運ばれる御馳走を食べたいが為に、お腹が一杯に成ったら喉を鳥の羽で突いて吐いてから、また食べるらしい。
次々と食卓に花や香草に彩られた豪華な食事が並べられていく。
この頃のリゾットであるプルス。ひよこ豆の煮たもの。焼いたマグロに香草とニンニク風味のソースの掛かったもの。アナゴや牡蠣の盛り合わせ。
その後にも空になったテーブルには新しい料理が所狭しと並べられていく。
鴨肉のソテーやラムチョップの乗った大皿料理。
珍味とされるフラミンゴの舌。ルカニア風ソーセージの燻製。
テーブルの一画で一際大きな歓声が上がったのは、少し大きな豚一頭を丸ごとこんがりと焼いたものが登場した時だ。
ワインの入ったゴブレットを傾け口元を汚しながら牡蠣を頬張る貴族を見て、フィロンは僅かな嫌悪感を顔に浮かべていた。
「…それで気に入った綺麗な奴隷を捕まえては、物陰に連れ込んで好き勝手し始めるしね。
まともな意識のある者にとっては、まあまあ欲にまみれた地獄絵図だから、落ち着いている今の内に食べておいた方がいいんじゃない?」
わたしはびっくりして、思わず彼の美しく化粧を施した横顔を見つめた。
「…?何なのさ?」
「いえ…あの、色々と親切に教えていただいたので、驚いてしまって…」
「…は?親切?おめでたい頭だね。ボクが言いたいのは、宴だからってあまり気を抜くなってことさ」
フィロンは呆れた様にわたしを見てそう言うと、他の人には聞こえないように更に声を潜めた。
「ほら、見なよ。あそこで座ってボク等を見る皇后様の視線を。隙あらば何か仕掛けようって魂胆がマジで丸見え。長い事この国にいて実績のあるバアル様や、この場に居ないアレクシア様はともかく、ボク等二人は彼女の恰好の餌になり得るんだからさ、ここで墓穴を掘る様な真似はしないでよ」
フィロンの言葉に導かれる様にわたしがさり気無く上座の方を見ると、脚を組んだまま長椅子に無表情で持たれる陛下の隣で、優し気な笑顔を浮かべながらじっと預言者達のいる下座をねっとりと観察する様な皇后様の視線を感じた。
「…この宴、何事も無く終わればいいけどね」
それこそ本当に不吉な預言の様に、フィロンは呟いた。
*****
暫く楽し気に人々は談笑し、賑やかな宴会は続いていたが、正午が近づくに連れて、わたしは少しずつ不安になっていった。
(…そろそろ『皆既日食』の始まる時間が近づいているけれど)
皆既日食が起こるのは間違いが無い。
それについてはあまり心配していなかった。
メサダの神殿からの神託もあるし、第三評議会の天文学者達による日時時間が正確に計算済みで、この正午過ぎに起こると既に分かっている。
むしろわたしが心配なのは『皆既日食』後の人々への影響だ。
今後起こる可能性のある大量発生したイナゴに因る『蝗害』とこれとを、何の因果関係もないのに安直に結びつけられるのを避けたいのだ。
*****
「…レダの預言者よ。妾の話が聞こえていますか?」
深く考え事をしていた為に、最初わたしは自分が声を掛けられていたという事に気が付いていなかった。
ハッと顔を上げると、どうやら皇后様はわたしに言葉を掛けていたらしい。
「妾の話しを聞いていますか?レダの預言者」
「あ!…は、はい。申し訳ありません」
優しげな声に刺が混ざっているのを感じたわたしは、慌てて答えた。
するとヨアンナ皇后様は、孔雀の羽と絹でできた大きな団扇越しにほんの少し目を細めながらわたしを見た。
「ほほ…まさかお前、妾の話しなど聞く価値が無いと思っているわけではないでしょうね?」
「そ、そんな…そんな事は少しも思ってもおりません」
不穏な内容の会話がいきなり始まった事にわたしは面くらっていた。
すると、隣に座るフィロンが小さく舌打ちをしたのがわたしの耳にも聞こえた。
「…だから、隙を見せるなと云ったのに…」
*****
優雅に大きな団扇を仰ぎながら、ヨアンナ皇后様はわたしを見つめた。
「…そうだわ。丁度お前に訊きたい事がある。レダの預言者よ、妾の前に来なさい」
皇后様の言葉を聞いた貴族達は『何だ?何が起こった?』と各々のしていた話を止めて、わたしと皇后様を不思議そうに見較べていた。
少しずつ会場の騒めきが静かになっていく。
「早く。妾の前に来なさい、レダの預言者」
大広間の空間に妙な緊張感の混じる空気が漂った。
いつの間にか静まり返ってしまった会場にいる元老院貴族や楽器隊・給仕する奴隷等すらもわたしの方を一斉に見つめた。
お待たせしました。m(__)m
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