25 式典の出席 ③
お待たせしました。
ヨアンナ皇后陛下は、艶やかに編み上げた亜麻色の髪に淡いピンク色の宝石の髪飾りを付け、三人の娘達とおそろいの薄桃色で艶やかな生地の肩を出したチュニックを美しく着こなしていた。
孔雀の羽を使った団扇の様なものを扇ぎながらこちらを見下ろした。
「皆の者、楽にしてくださいな。今日はそんなに畏まる事はありませぬ」
ヨアンナ皇后陛下は、鈴の音が転がるような可愛らしい声で言うと、ドロレス執政官へ合図を送った。
優雅な薄桃色のチュニックのドレープを揺らしながら、そのまま娘と共に上座に設置された座り心地の良さそうな長椅子へと腰掛ける。
頭を下げていたわたしが何故か視線を感じてふと顔を上げると、こちらを見ていた皇后陛下と一瞬目が合ってしまった。
するとその瞬間、団扇越しに柔らかい曲線の眉があからさまに中央に寄せられ、美しく微笑む表情が途端に険しくなって見えたことにわたしは驚いた。
(…え?どうしていきなり…?)
皇后陛下はそのままドロレス執政官を指先で呼ぶと、近づいた執政官と明らかこちらの方を見て何か耳打ちしながら話しをしている。
すると、私の横で座っているフィロンが馬鹿にした様にフンと鼻を鳴らした。
「…ヤな女~。あの年で嫉妬は醜いって。お立場を考えれば、もっと堂々としてりゃいいのにさ~」
*****
(…ヤな女?ヤな女って言ったの?まさか…皇后様を?)
「え?…どういう事ですか?…嫉妬…?」
フィロンの言葉に少し唖然としながらわたしは尋ねた。
するとフィロンは、少し肩をすくめてからわたしへと説明した。
「何故って分からない?こちらを見ながら『薄汚い男娼と売女が何故ここにいるの?』ってドロレス執政官に問い詰めているじゃない」
「え…?まさかそんな事を...?」
わたしはフィロンの言葉に驚いて、思わず皇后様の座る上座の長椅子の方を見つめた。
確かにこちらを向いてふたりで何か話しているのは見えるけれど、会場の人の騒めきと楽の音で、とてもその会話が聞こえる様な状況や距離感ではない。
「でも…こんなに席が離れているのに、どうして聞こえるのですか?」
「聞こえはしないけれど、口の動きを見れば言葉は分かるよ。あの方団扇で口元を隠してもないしね。ボク等めちゃめちゃ彼女に罵られている」
フィロンはじいっと上座の二人を見つめながら言った。
(読唇術ってやつかしら?)
「まあ…けれどどうしてそんな風に皇后様に…」
『思われてしまっているのかしら?』
と疑問に思っていると、フィロンは当然の事のように言葉を続けた。
「まぁ、でも仕方がないね。アンタもボクも今は陛下のお抱えの預言者だけど、敵国から来ていて、しかも愛人でもあるんだから」
「…は?愛人!?」
(わたしは愛人じゃない。愛人になった覚えもないのに)
「わ、わたくしは違います。わたくしは…」
慌てたあまり一瞬声が大きくなってしまったけれど、じろじろと見る周囲の人の目が気になってわたしの語尾は小さくなってしまった。
「...あ…愛人なんかじゃありません…」
フィロンの言葉を否定する様にようやく云うと、
「ねえ、ストップ。その件はもう前回で飽き飽きなんだよね。アンタが本当に陛下とヤったかどうかなんてもう既にどうでも良いことだ。真相はどうかなんていう事よりも、世間がどう認知するかって事が全てなんだから」
*****
(どうでも良いことですって…!?)
『真実よりも世間の考え』と言い切って、にやっと意地悪く笑うフィロンの台詞に、わたしは呆然としてしまった。
すると次の瞬間、会場内にパンパンと大きく――ドロレス執政官の鳴らす手拍子が聞こえた。
今度は完全に楽の音が途切れ人の騒めきも止まり、大広間はシーンと見事に静まり返る。
(あら?…何?一体どうしたの?)
わたしが不思議に思っていると、隣に座っているフィロンがいきなり真顔になり、頭を少し下げた。
次々に元老院の貴族が寝台から降りて、膝を付き頭を下げる。
「…来られた様だね」
「?...来られた…?」
次の瞬間、音楽隊は壮大なシンフォニーの様な楽の音を奏で始めた。
するとまたも上座の暗がりから、ゆらりと背の高い影が現れたのが見えた。
どこかカマキリを思わせる風貌の小さな顔。
整った顎鬚と短い黒髪、真っ黒な光の無い瞳の痩身の男が少し気だるげに立ち、皇帝の印の鮮やかな紫色のトーガを緩く纏っている。
アウロニア帝国現皇帝ガウディ=レオス陛下の登場だった。
*****
大広間に高らかに鳴り響いていた音楽は、ガウディ陛下が目の前の長椅子にどさりと無造作に座ると共に、ピタリと止まった。
ガウディ陛下はその長い脚を組むと、膝を付き頭を下げる臣下へとひび割れた声で話し始めた。
「礼はもう良い...今日は大変珍しい『皆既日食』とやらを見る為に空を眺める趣向の宴だ。後に天井が開くと思うが、皆リラックスしてその時間が来るまで楽しむが良い。ただ飲み過ぎて眠ってしまうと折角の現象を見損なうから、そこそこの自制は頼む」
珍しい陛下の軽口に、大広間内では軽く笑いが起こった。
そこで陛下がぐるりと大広間を見渡すと、会場の下座の一角に座る預言者達の座っている椅子の辺りで一瞬目が止まった。
天井の高い大広間に音楽隊が奏でる優雅で緩やかな曲調の音色が広がっていく。
*****
(目が合ってしまった…)
ぐるりと会場を見渡した陛下と一瞬目があったわたしは、慌てて下を向いて膝に乗せた自分の手と一緒にチュニックをぎゅっと握った。
(上座におられる陛下とこんなに座っている場所も離れているのに、あの真っ黒い光の無い瞳で見られると蛇に睨まれた蛙の様に身体が動かせなくなってしまう)
きっとわたしがこんなにも不安になるのは…手紙の件やあの夜の事を陛下がどう考えているのかが分からないからなのだ。
(陛下は、一体何を考えているのだろう?)
本来であれば――陛下に雇われたに過ぎない一預言者のわたしが、アウロニア帝国現皇帝陛下の行動と言葉に疑問を持つ事は一般的におこがましいと非難されるべきことなのだが。
けれど本当に不思議でならなかった。
わたしが読んだ『亡国の皇子』の所謂登場人物だった悪役の一人。
義弟であるニキアス=レオス将軍に弑逆された――『非道で残酷な覇王』アウロニア帝国最後の皇帝ガウディ=レオス。
本当の彼は一体何を考えているのだろうか。
お待たせしました。m(__)m
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