22 後悔 ②
大変お待たせしました<(_ _)>
「…マヤ姫、座ってくれ。待っている間お茶でも淹れよう」
リラが戻ってくるまでの間にと、バアル様はわたしへと手ずから薬草茶を淹れてくれた。
良い香りのお茶の香りが部屋に広がり、それに包まれるとほんの少しザワザワとして落ち着かなかった気持ちがリラックスするのを感じる。
薬草茶を淹れるバアル様の所作を見つめながら、わたしは伝えた。
「実はわたくし…ゼピウス国へ旅立つニキアス様の様子が何時と違っていたのが心配で…バアル様に相談したくて、お手紙を書いたのです」
ニキアスもバアル様を信頼しているとは思うけれど、わたしは敢えてニキアスの未来が不穏に包まれる可能性がある事については言わなかった。
あくまでわたしはニキアスの恋人の立場として『彼の様子と態度が何時と違って不安だ』と訴える事にしたのだ。
以前わたしが読んだ小説『亡国の皇子』の内容の流れについて話すのは、また『未来視か』『神託が降りたのか』という騒ぎになって――更にややこしく、大きな騒ぎになりそうだから、うかつに口に出せない。
(以前の神託の内容を告げた時の様に、いきなり陛下が来ても困るし…)
「成程、そういう事だったと…」
バアル様はわたしの話しを聞くと頷いて、薬草茶の入ったカップをわたしに渡してくれた。
「…そもそも私が貴女に会おうと思ったのは、貴女が預言したサイクロンとやらに因って起こるかもしれない水害について、私が貴女から『神託』を頂いたからには、ほんの少しでも情報をお伝えするべきだと思ったからだ」
「まあ…そうだったのですね」
「ニキアスの事は私も心配だが、彼ももう既に一人前の男で責務のある職に就いている。何が正しく、何が間違っているのか…賢い彼ならば、何を信じるべきで何を疑うべきなのかを分かっている筈ですよ――普通であればね」
「そうです…わね…」
そうバアル様に言われると、わたしが『ニキアスの行動を信じられないメンドクサイ女』になったみたいで、ちょっと居心地が悪い。
(確かに、何もしないでニキアスを信じて待つ…という選択もあったのかもしれないわ)
今となっては遅いけれど、わたしはうかつにも『陛下の自室へ行く』という事をしてしまった。
(いくらニキアスが心配だったとは言え、わたし…間違った行動をしたのかもしれない)
今更ながら――わたしは、深く後悔をしたのだった。
*****
するとその時慌てた様なノックの音がして、手紙を取りに行ったはずのリラが部屋に飛び込む様に戻って来た。
「――マヤ様!大変です…!」
いつも冷静で落ち着いているリラがこんなに慌てているのを見るのは珍しい。
見れば、彼女の手には何も握られていない。
「ど…どうしたの?リラ…落ち着いて。手紙…書状はどうしたの?」
「頂いたお手紙の書状が…全て…無くなっています」
廊下を走って戻って来たに違いない――リラは息を切らせてわたしへと云った。
リラの報告に呆然としたわたしは、思わずその場に立ち上がった。
「…え…?」
(無くなった…?)
青ざめてまだ息を切らせているリラとわたしは、お互いに顔を見合わせた。
「え、ちょっと待って?でも…この間までは確かに…」
「ええ…わたくしも見ております。一昨日まではマヤ様のお部屋の卓の上に置いてあったのを確認しております」
「そんな…何処にいってしまったというの?」
「分かりません。いきなり消えてしまった、としか…」
「書状が消えた?…ふむ、そうか。分かりました…成程」
「わ…わたくし、嘘なんかついていません、バアル様…!書状は確かに…」
わたしはほぼパニック状態になって、バアル様を見た。
慌てるあまりつい自分の声が高くなってしまう。
何と云ってもわたしの部屋に知らない内に誰かが入って、勝手に物を盗られてしまったのだ。
「嘘だなんて私は言っていないぞ。落ち着きなさい、マヤ姫」
あたふたするわたしの様子を見ていたバアル様は、穏やかな物腰で言った。
「皇宮内で物が無くなったのなら、その書状は皇宮内の『誰か』にとって都合が悪かった、という事だろう。何か重要な事が書き記してあったのかもしれないが」
「…その『誰か』に盗まれた…という事でしょうか。でも都合が悪いなんて…」
(そんな大事になるような内容は…書いていない筈だわ)
大切な内容や機密になる様な事が書いてあれば話しは別だが、ニキアスの義妹になるアレクシア様についても、ほぼ陛下に聞いた様な物だから、遣り取りした手紙には、一切書いていない。
「本当に…本当に他愛の無い事を…書いてあるだけなんです。何故消えてしまったのか、わたしには…分かりません」
「では…他に何か一緒に送られた物はあるのだろうか?」
「いいえ、今残っている物は、一番最初に贈られた絹ぐらいですし…」
わたしはバアル様へ報告しながらも頭を抱えた。
一番初めにバアル様に戴いた(と思っていた)手紙には、絹のほかには花や果物が添えてあったが…もう残っている訳がない。
その時わたしの傍にいたリラが、少し言いにくそうに口を開いた。
「あ、あの…バアル様、申し上げてもよろしいでしょうか?」
「何だい?侍女殿」
「あの、実は…一番初めに贈られたものの中に、非常に珍しい果物がありました」
「ほう、その話…興味深いな」
「リラ…?何を言っているの?」
わたしはリラが何を言い出そうとしているのか分からなかった。
リラは何故か慎重に言葉を選んでいるように見えた。
「果物って…桃と無花果でしょう?もうとっくに食べてしまって無いわ」
「…はい、そうです…マヤ様。実はわたくし…あの白桃が部屋に届いた時におかしいなと思ったのです」
「おかしい…?一体何がおかしいの?」
「はい。話が変わりますが、我が家に…正確には元老院議員による父へですが、定期的に皇宮から絹や貴金属、果物を贈られる事があります」
リラの父親は元老院議員をしていると云っていた。
皇宮から贈られるというのは、お歳暮やお中元の様な物の事だろうか。
「怖れ多くも陛下からの贈り物という事で、我が家では果物や絹は有難く家族皆で頂くのですが…」
「リラ…何が言いたいの?話しの骨子が良く分からないのだけれど…」
実際、頂き物に絹や果物は珍しくないのだ。
するとバアル様はリラの話しで何かを察したらしい。
「…成程。君が言いたいのは、白桃『ルナ』の事か」
「……」
バアル様の問に、それが『正解』の様にリラは下を向いて、黙ってしまった。
「ルナ…?」
わたしには良く分からなかった。
何故リラはそんなに居心地が悪そうなのだろう。
(一体どういう事なの?たかが果物…桃や無花果の話しじゃないの?)
「あの…バアル様、一体どういう事なのでしょうか?」
「マヤ姫。白い大きな桃を見た事があるだろう」
「はい、勿論ありますわ。あの白桃に何か問題があるのでしょうか?」
(誰かから)贈られた白桃も同じだと思うが、わたしは今まで何度もあの白桃を見ている。
陛下の部屋にはいつでも置いてあったし、陛下が皮を剝いて食べているのも、あの白桃だった。
バアル様はわたしを見つめながら、はっきりとした口調で言った。
「あの白桃は『ルナ』という品種だ。陛下の命で普通の白桃を特別に改良したもので、皇宮外に出される事を禁じられている。
皇宮内――特に皇帝陛下が褒美として贈るものとして通例になっている」
*****
(え?…どういう事?)
それって…あの白桃は――…。
「そ…そんな…」
余りにもバアル様の話しが衝撃的で、それ以上の言葉が出て来なかった。
わたしは思わず力が抜け、椅子へと崩れる様に座り込んだ。
「そんな…そんな事って…」
――何てことだ。
では――あの書状を送ってきた人物の正体は。
リラがずっと言いにくそうな態度だったのは。
「…成程、書状が無くなったのも頷ける。書状の遣り取りのお相手は…陛下だったという事か」
状況がのみこめず混乱するわたしの耳に、駄目押しの様にバアル様の声が重々しく響いた。
わたしは初めて…バアル様の部屋を訪れた事を後悔した。
お待たせしました。m(__)m
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