21 後悔 ①
お待たせしました。
(少し言い過ぎてしまったかもしれない…)
わたしは衣装合わせの部屋の前で、『コダ』神の預言者フィロンと、リラや向こうの従者の少年がドン引きする程の口論をした事を密かに後悔していた。
『わたくしに嫉妬をされるのも、いい加減になさいませ。
とても――お見苦しいですわ』
「どうして…あんな嫌味な言い方をしてしまったのかしら…」
「マヤ様…何か仰いましたか?」
「いえ…何でもないわ」
無意識に口に出した独り言をリラに尋ねられ慌てて否定すると、わたしは大きくため息を吐いた。
(わたしったら…もっと冷静にならなきゃ)
もしフィロンが陛下を好きでいたとしたら、アレクシア様への言葉やわたしへの嫌味(これは比較的毎度の事ではあるけれど)も理由は分かる。
分かったのだから、
(そのままフィロンの言葉を上手く受け流していれば良かったのに…)
『これがニキアスに知られてしまったら、どうしよう』
と焦るあまり…下手にムキになって、強い口調で返してしまった。
あんなにバアル様の手紙の中や、陛下に『昏い道で殺されたくないのなら立ち廻りに気を付けろ』と忠告をされていたのに、またフィロンに対して波風を立てる様な言葉を云ってしまった。
(売り言葉に買い言葉ってやつだわ…)
後悔で頭を抱えていたわたしへ、ふとリラが思い出した様に告げた。
「そう言えば…式典の為に一時的にバアル様が帰国されたらしいですわ」
*****
わたしは飛び上がって、その言葉に直ぐに反応した。
「それ…本当!?バアル様が今、本当にここに戻られていらっしゃるの?」
「ええ、本当ですわ、マヤ様。わたくしの父がそう言っておりましたから。けれど、本当に一時的らしく式典が終わったらすぐにまた旅立たれる様ですけれど」
もし皇宮内にいらっしゃるのなら、サイクロンで被害が出ると予想される土地の調査の進捗も気にはなるけれど、
(何なら数分でも良いから直接お会いして、お手紙のお礼を言いたい)
「…とてもお忙しいと思うけれど、式典の前にほんの少しでも会って、お話って…出来ないかしら」
式典の間にバアル様と個人的な話をするのは、難しいだろう。
式典の後と云っても、今度はわたしが陛下に呼ばれている身だ。
また直ぐに旅立つ予定のバアル様を、お待たせする訳にもいかない。
「どうでしょう…?一応遣いの者を出しておきましょうか。本当にお忙しければ、バアル様の方から断わりのお返事が来ると思いますから」
「…そうね。お願いするわ、リラ」
わたしは頷いて、バアル様への面会の希望の連絡をリラに頼んだ。
******
「…おお、レダの娘。これは久しぶりですな。今日はわざわざこちらまでご足労頂き、大変有り難い」
「バアル様もお忙しい所…お時間を割いて頂き本当にありがとうございます」
式典の前日になるが、『ほんの僅かな時間だったら』とバアル様に融通してもらったわたしは、バアル様の自室へとリラと共に向かった。
真っ白な短髪と顎の不精鬚はそのままだったが、以前あった時よりも更に黒く日焼けした様なバアル様は、笑顔でわたし達を歓迎してくれ、部屋へと招き入れてくれた。
わたしはバアル様に会うとすぐに、手紙の件でのお礼を言ってぺこりと頭を下げた。
「外遊の御多忙な中、未熟なわたくしの相談にも乗って下さって、本当にありがとうございます。わたくし、バアル様からお手紙を頂いて…どうしようもなく落ち込んでいた気分が楽になりました。本当になんてお礼を言ったらよいか…」
わたしは頭を下げたまま、ずっとバアル様からの返答を待っていた。
けれど、いつまでたってもバアル様から声が掛からない。
暫くすると、バアル様の少し戸惑った様な声が聞こえた。
「…レダの、いやマヤ姫。何か…勘違いをしておられるようだが…」
(え…?)
わたしはその声に顔を上げてバアル様を見上げた。
バアル様は不思議そうな表情で頭を下げたわたしを見つめていたのだ。
「…?…勘違い…ですか?」
「私には…君が何を言っているのかが分からない」
「わたくしと…バアル様のお手紙のやり取りについてですけれど…」
バアル様の言葉の意味が分からなかったわたしは、そのまま鸚鵡返しの様に尋ねた。
すると怪訝そうな表情を浮かべたバアル様は、はっきりした口調でわたしへ告げた。
「外遊中に余程緊急の言伝でなければ、基本私は手紙のやり取りはしない。それに今回の旅で、君に手紙を送った覚えはない」
バアル様の言葉に、わたしは呆然としながら、バアル様の顔を見上げた。
「…で、でも…陛下伝えで、わたくし…」
(どういう事なの?)
あの時、バアル様宛ての手紙を陛下へと渡して、バアル様からも確かにお返事を頂いている筈だ。
「…失礼だが、マヤ姫。別の誰かと勘違いをされてはいまいか?」
「いえ、いえ…そんな筈は…。文には必ずバアル様のお名前があって…」
わたしは慌てて首を横に振った。
(そんな…誰かと勘違い何てあり得ない)
バアル様が外遊でこの皇宮を離れる直前に届けてくれた――沢山の絹や果物と共に添えてあった文の筆跡と同じなのは、明らかだったのだ。
「因みに文はアウロニア語で書いてありましたかな?」
「…はい。大変お美しい書体の文でした。わたくし、惚れ惚れとして何度も読み直しましたもの」
「……」
バアル様は真っ白い無精髭のある顎に手を当てて考えている様子だった。
暫くしてからバアル様は口を開いた。
「それは…おかしな話だな」
『実際の文を見せて貰っても構わないだろうか』というので、わたしは早速リラに頼んで、わたしの私室に於いてあるバアル様からの文を持ってくるように頼んだ。
文を取りに行く為に部屋を出て行くリラの姿を見送りながら、わたしはバアル様へと尋ねた。
「見て頂くのは構いませんが…一体何がおかしいのでしょうか」
バアル様はわたしをじっと見つめながら言った。
「…お恥ずかしい限りだが、私は南のベルガモン国に近い集落の出身でね。元々剣闘士だったという事もあって、ベルガモン語ならともかく、ここ数年で公用語になったアウロニア語を話す事は出来ても、長い文を書くまでは精通していないのだよ。ましてや美しい筆体など無理だ。
つまり…君と文通していたのは、私じゃない誰かという事になる」
お待たせしました。m(__)m
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