20 それは嫉妬(?) ②
お待たせしました。
フィロンは不機嫌な表情を浮かべたまま廊下を歩き、コダの預言者兼私室である部屋へと入った。
そのまま纏っていたトーガを外し、傍らの侍従に渡すと
「少し疲れたな。休みたいから…業務は後にして少し横になるよ」
と寝室の方へ向かった。
後ろ手で静かに扉を閉めると、フィロンは寝台にゴロリと横になった。
そのまま羽毛の入った絹の枕を引寄せて抱えると、先程会話したマヤ王女の青白く引き攣った表情と、動揺の現れで小さく震える声を思い出した。
『もう…もうわたくしに嫉妬をされるのも、いい加減になさいませ。とてもお見苦しいですわ』
「ふ…」
口を押し付けた絹の枕の隙間から、フィロンの吐息と声が思わず漏れた。
「…くっ…ふ…」
(王女には相当…皇宮内の噂が効いている様じゃないか)
「ふっ…く…は、ははっ…はっ…ははっ…ああ…いけない…」
(これは...侍従に聞かれてしまうな)
そのまま大声で笑ってしまいそうになるのを、フィロンはやっと堪えた。
「『わたくしに嫉妬』ねぇ…」
フィロンは小声で呟いた。
*****
(あの能天気な…自分の事しか考えれない王女は、やはり自己中心的な阿呆なのだろうか?)
自分がマヤ王女ごときに嫉妬していると、本気で思っているのだろうか?
(まあ、確かに…流石に嫉妬はするか。あんなに簡単に陛下の部屋に泊まる事ができるのだから)
ここに来てからのフィロンは、ガウディの動向を注意深く見るようにしている。
『ガウディ皇帝がマヤ王女を寵愛している可能性がある』という噂を裏の情報から知ったのは、大分前の事だ。
『私室』に泊まったのも裏から聞いたが、最初は信じられなかった。
あの…神経質なほど注意深く、警戒心の強い陛下が、自分の領域内に他人を呼ぶだけでなく、そのまま泊めるなんて。
元々小さかったその噂を、少しずつだが大きく広めたのはフィロンだった。
(…火種と混乱は大きく煽った方が、後々都合がいい)
フィロンは小さくふふ、と笑った。
******
ガウディ皇帝はどうやら無神論者らしい。
もともと非常に警戒心の強いガウディ皇帝だったが、皇宮内一画とは云え、何故か預言者が住む棟を立て、そこに預言者を引き入れた。
その中でも最後まで『皇宮付き預言者』として、預言者自体を皇宮内に留めさせる案に反対したのは、ドロレス執政官だった。
『宗教』と『政治』の分離をすべきだから、と彼は表面上訴えてはいたが、『ガウディの懐に他者を入れたくない』という魂胆は見え見えだった。
(…この皇宮内は誰かが誰かのスパイをしている)
自分についていたあの少年の侍従ですら、ドロレス執政官か陛下の奥方達か、元老院貴族の誰かの息がかかっていると、フィロンは知っている。
もちろんフィロンは間者だ。
ガウディの身辺を探り、このアウロニア皇帝の住む不思議な空間を調べる為に
『コダ』神とその神殿から送りこまれてきたのだ。
まず首都内で指折りの娼館で男娼として働いたフィロンは、アウロニア元老院の貴族と懇意の仲になった。
そしてその太客の裏パイプを使って、手間を掛けて皇帝陛下へ『コダ神の預言者である』と自分を売り込む事に――見事成功した。
『皇宮付き預言者』になって皇宮に潜入出来、晴れてガウディの身辺を探りやすくなったと思ったが、思わぬ手痛い誤算があった。
『この皇宮内の――特に中心部分を神の加護の力で探る事が出来ない』という事だ。
実は以前から『皇宮内の中心を視る事が出来ない』――その噂はあった。
『メサダ』神殿の預言者や神官長までもが、同様の事を云っていた。
けれど、皇宮内の――しかもど真ん中に潜入出来る人物は極極限られていて、その情報の真偽はずっと長い間、曖昧だったのだ。
この皇宮内では何故か――『コダ』神の加護は、使えない。
何度祈っても『コダ』神への祈りは届かず、神の声も聴く事が出来ない。
昔一度だけこのザリア大陸を旅する賢者バアル様にも、訊いて見た事がある。
『何故この皇宮内で神の力を感じる事が出来ないのですか?』と。
『神託』を受けるにしろ『預言』をするにしろ、神の息吹が感じられない場所にいるのでは、そもそも『預言者』としての働きができないではないか。
「それは私にも分からない」
『ドゥーガ』神の預言者は一言で言った。
「まあ、少なくとも…この場所で特定の神の加護を祈る事を、陛下は望まれてはいないという事かな。
どうしても『祈りたい』というならば、事前に伝えておけば首都内の神殿に行くのは許されている」
バアル様は『そうしたらどうかな?』と穏やかな笑みを浮かべた。
「陛下に許可を貰って『祈り』に行くと良い。どうしても『祈り』の場所を制限されるのが耐えられないというのであれば、上申すれば此処を立ち去るのは何時でも出来るぞ」
*****
(…何てことだ)
フィロンは心の内で舌打ちをした。
ガウディの近くに行って監視をするつもりなのが、
(結局囲われて監視を受ける対象になってしまった)
現時点では先に進む事も出来ず、後戻りも出来ない。
(あの用心深い陛下の懐に入る事も出来ず、簡単にこの皇宮から出て行く事も出来ない)
フィロンはあのヒョロリと背が高く手足の長い――昆虫によく似た無表情な顔の男を思い出した。
真っ黒い深淵の様な瞳は、数少ない閨の時ですら何を考えているのか、本当に分からない。
(もしこれがガウディの計略のひとつだったのならば…恐ろしい男だ)
『メサダ』神の預言書によれば――着々と時間は差し迫っている。
ガウディの広げた目くらましの様な煌びやかな蜘蛛の巣に、フィロンはいつまでも大人しくかかっているつもりは無かった。
お待たせしました。m(__)m
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