19 それは嫉妬(?) ①
大変お待たせしました。
わたしは思わず口ごもってしまった。
「ど、どうやって、取り入った…って…」
(『抜け目がない』って…そんな事してないわ)
噂の内容は知らないけれど、わたし自身が陛下の気を引くような事をした覚えは無い。
陛下の私室に泊まったのは本当だけれど、何せ何故書斎で倒れたかまでははっきりと覚えていないのだ。
(けれどエシュムン医師の言葉を信じるのなら、陛下がわたしを抱いていないのは明らかなだわ)
――そもそも陛下はわたしに興味は筈だ。
バアル様のお手紙の件で、お忙しい中お時間を割いて頂いたのはありがたいが、そもそも殆ど色気のない…まさに『塩対応』に近い。
冷静に考えても…少なくとも、敵国から来たわたしを陛下の『愛人』にしてもメリットはない。
今や評判や人望が完全に地に堕ちていて、アウロニアの属国化としたゼピウス国への人質としても、価値はないからだ。
それに――。
(『預言者』として皇宮内に囲われるのは、フィロンだって同じ立場じゃないの。ひどい…もういい加減にして欲しいわ)
例えそんな噂があったとしても、今ここでわざわざ言う必要はないではないのに。
いつもの嫌味を言いたいだけなのかと思ったわたしは、反論する為にくるりとフィロンの方を向いた。
けれど中性的で美しい顔に薄笑いを浮かべるフィロンの顔を見上げた瞬間、何故かふと違和感を覚えた。
わたしと同じ色のフィロンの碧い瞳に、真剣な光が宿っている様に感じたからだ。
*****
(もしかして…?)
もしかしてだけれど…と、わたしは考えた。
――フィロンはわたしに『嫉妬』しているのだろうか。
(確か…以前第三評議会と共に預言者で集まった時にも、陛下に優しく対応されるアレクシア様を見て、面白くなさそうな言葉を呟いていたわ…)
宦官で男娼をしたという過去を持つフィロンだから、陛下に…という感情を持っていてもおかしくは無いのかもしれない。
わたしはフィロンの顔を見つめてきっぱりと言った。
「どのような噂が流れているかは知りませんが、そのような事は事実無根ですわ。そんな噂は陛下や皇后様や側妃の方々にも失礼ですわ。もちろんわたくしも含めて、ですけれど」
「へえ…違うっていうの?」
フィロンは鼻を鳴らして、わたしを馬鹿にする様な表情を浮かべた。
「ねえ…下手な嘘をつくのは止めたら?実際に陛下の私室に泊まったんだから。それに…キスや噛み痕を付けて戻ってきて、その言い訳は今更無いんじゃない?」
「な、何ですって…」
「その噂…アンタの恋人と言われているニキアス将軍が聞いたら、一体どう思うだろうね」
「…な…何てことを…」
(嘘でしょう…?)
『そんな事まで、もう皆に噂が広まっているの?』
正直フィロンの言葉に、わたしはかなりショックを受けた。
『…次にお前に拒まれたら、俺は壊れるかもしれない』
ニキアスの言葉がわたしの脳裏に甦ってエコーががかった様に響いている。
(もしかして…)
もうニキアスにも伝わってしまっている可能性もゼロじゃない。
(ああ…どうしよう。もし、ニキアスがこの噂を知ってしまったら…)
「フィ…フィロン様…根も葉も無い噂が広まっているだけで、『愛人』だなんて全く根拠のない噂ですわ。
あの時は…体調不良で陛下のお部屋をお借りしただけです」
動揺する余り、自分でも声が震えるのを感じながら、わたしは慌ててフィロンへと抗議をした。
「そ、それに…今ニキアス将軍様は他国にいらっしゃいますが、アウロニアへ戻ってきたら、陛下にわたしの事をお願いすると云って…」
「アンタは――勘違いをしている、王女様」
フィロンは語気鋭くわたしの言葉を遮った。
「言っておくけれど、陛下がアンタを欲しいって云ったら、もうそんな口約束は無効だよ。陛下のお言葉が絶対なんだから」
「へ、陛下が…わたくしにそんな事を云った事はありませんわ」
(…どうしよう。ニキアスにもこの噂がもう伝わっているのかもしれない)
堂々巡りの言葉のやりとりに、沸き起こる心の焦りや、広まってしまった噂への怒りの感情を自分でコントロールできないまま、わたしはフィロンへぶつける様に言ってしまった。
「フィロン様、もう…もうわたくしに嫉妬をされるのも、いい加減になさいませ。とても――お見苦しいですわ」
*****
わたしの言葉を聞いたフィロンは、不意の強烈な平手打ちを喰らった様に身を固くした。
そして凄まじい憎悪の光を浮かべて、わたしを無言で睨んだ。
その時――衣装の打ち合わせの部屋の扉から、係の女性が顔を覗かせた。
「…マヤ様。大変お待たせしました。どうぞ部屋の中へお入りくださ…あら?」
彼女はきょとんとした顔で、まだ帰っていなかったフィロンとその向かい合わせに立つわたしの顔を代わる代わるに見た。
そしてわたしとフィロンの険悪な雰囲気を察したのか、恐る恐る尋ねた。
「あ、あの…何か不手際がございましたか?」
「いや…何も無いよ――それではボクはこれで。レダの預言者、御機嫌よう」
フィロンはそう言うと、何事も無かった様にまだびっくりした表情を浮かべている少年の侍従を連れて、廊下をつかつかと歩き立去っていった。
お待たせしました。m(__)m
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