17 火種 ②
お待たせしました。
後半少しだけR15になります。嫌な方お気つけ下さい。
『マヤが、兄上と…』
それから――数日が過ぎた。
ユリウスは、表面上は全く変らない態度で仕事をてきぱきとこなすニキアス将軍の部屋で報告をしていた。
報告すべき事柄は山の様にある。
ゼピウス国内の戦後の建物の残骸や死体の片づけ、町村の復興の具合と共に、ミケウス=カレがゼピウスの大きな街を皇軍の一部と共に周りながら、『皆既日食』の説明をする作業の進捗なども含めて、である。
「『皆既日食』が現れるまで、残り一週間となりましたが…ゼピウスの首都以外の場合ですと、大きな街での周知は大分進んでいる様です。ただ復興がまだ進まない村などは話しをするのも難しく…」
「それは確かに難しい作業だ。小さな処までは出来なくても致し方ないだろう」
そしてユリウスは、父親であるダナス副将軍の言葉を思い出して言った。
「…そう言えば、アウロニア帝国ではその日に、皆既日蝕の時刻に合わせて、式典が行われるそうです」
「ほう…」
「バアル様を覗く各預言者の方々も出席されるようですよ」
「……そうか」
マヤを思い出したのか、ニキアスの表情が曇ってしまったのを見たユリウスは、慌てて話題を変えた。
「それから、コルダ国の動きですが…どうやら少しきな臭い匂いがしてきました」
「どういう意味だ?」
「風の噂ですが、どうやらコルダの首脳陣とゼピウス国の残党等が協定を結んだのではないかと云った話が出ている様です…」
「成程。それは確定なのか?一体何処からの情報だ?」
「僕の手の者から伝言がありましたから。噂といってもアウロニア帝国からですので、ほぼ確定でしょう。今頃、陛下や執政官らの首脳陣が頭を悩ませて会議をしているでしょうね」
「…という事は、隣接している国の動きにも目を配らんといかんという事か」
「そういう事になりますが。…ニキアス様、あまり驚かれていない様ですね」
「クレメンスからは聞いていた。何故かコルダ国からゼピウスへ復興を一時的に手助けしたいという旨の打診が来たと。裏で西へ逃げたゼピウスの残党とコルダ国が結びついていると考えてもおかしくは無いだろうが…」
「確かに…そうですね」
「心配なのは…」
とまで言ってニキアスは口を噤んだ。
心配なのは仮にゼピウスから逃げのびた残党達が――まだアウロニア帝国に牙を剝く事が出来るぐらいの軍事力を持っていた場合だ。
その辺りの反勢力が決起して、アウロニア帝国本土へと攻めて来る可能性があるとなると、やはり厄介ではある。
とは言え――それだけではない。
真西の景国や南方のベルガモン国も、『アウロニア帝国へ完全服従か?』と聞かれれば、そうでもない。
(兄上は…一気に領土を広げ過ぎたのかもしれん)
攻め入った領土を完全にならす間もなく、次の国に攻め入ったイメージがある。
とはいえ――もともとのアウロニア国は領土こそそこそこ大きいが、『田舎国』と揶揄されるほど周りから馬鹿にはされていた国ではある。
杞憂であれば良いが、もし周りの国で一気に反旗が翻るような事になれば
(今度は帝国本土で戦争が起きて…アウロニア帝国の民が犠牲になるだろう)
そう考えたニキアスの思考の中で、直ぐにマヤ王女の顔も浮かんだ。
(…いかん。自分の仕事と帝国にいる恋人とは分けて考えるべきだ)
そうは思っていても最近のニキアスの脳裏には、必ず何故か昔のマヤ王女が浮かぶ。
彼女の幼い頃の我儘で可愛らしい姿。
レダの神殿での様々な思い出。
淡い初恋とマヤの恐ろしい言葉での拒絶。
マヤがレダ神に祈る――神々しくも美しい姿。
そして、彼女の事を羨ましく思っていた自分も同時に思い出す。
それはもはや刷り込みの様に強烈で、自分でその感情をコントロールするのは難しかった。
*****
「何て人間って簡単なのかしら。幼い頃と数週間しか会っていないレダの預言者に、何故こんなに固執するのか…どうして考えないのかしらね。いくら思考を少し弄られているとはいえ、不思議だわ…」
大人になると、持っている記憶に様々な思考や思惑が錯綜する為手を加えるのは難しいが、幼い頃の記憶と思考はまっさらな布のようである。
女神の手の上で踊るニキアスの思考に『幼い頃マヤへの思慕』を織り込む事は彼女にとって簡単な作業である。
豊かで長く艶やかな蜂蜜色の髪がうねり、完璧に美しい豊潤の女神の面の中で、海の様に碧い瞳が少女の様にきらきらと輝いた。
「ふふ単純…でも、それでいい。このまま王女に夢中になっていて貰わないと、計画は進まないのだから」
このままニキアスには――帝国を含めたこの大陸の覇者になってもらわなければならない。
そして彼には重要な役割があるのだ。
それは
(わたしのお人形に、次代の後継者を生ませる必要がある)
向こう陣営のマヤ王女と同じポジションにいるのが、オクタヴィア=カタロンになるらしいが――どうやら今の所、王子ギデオンの心を完全に掴み切れていない様だ。
(…それはすなわち、わたしのお人形の方がより上手く立ち回れているという事)
女神レダは、ニキアスの様子を天空の――高見の場所で眺め、ひとしきり無邪気な笑い声を上げると、椅子に座ったままニキアスの仕上がりにふぅと、満足気にため息をついた。
(…そう)
滅ぶと決まっている帝国の…最後の王の子供など、誰も産む必要などない。
新時代の象徴として生まれる神の子――『インマヌエル』を誰も望んでいないのだ。
*****
最早――協定違反なのは、レダ神も重々承知している。
しかし自分よりも更に禁忌に踏み込んで、強引に事を進めようとするコダとメサダに比べれば――『わたくしのしている事など可愛いものだ』とレダ神は考えていた。
「本当にニキアスって…馬、いえ、単純で…可愛らしいわ、そう思わない事?」
するとその質問には答えず、レダ神の足元で屈んでいた影がゆっくりと身動きをして、焦れた様に言った。
「母上…いや…レダ。私に何時までこの体勢で『待て』をさせるおつもりか?」
優美な彫刻の様に椅子に座る女神レダの足元に、鍛えられた身体の漆黒の肌をした大柄な男が跪いていた。
彼はそれ以上の事を許してもらえず、長いことレダ神の長く美しい脚の指先に舌を這わせ――貝殻の様な桃色の爪に、唇を小さく落とし続けていたのだ。
「…あら、いやだ。ごめんなさい、ドゥーガ。貴方をそのままにさせていた事を、すっかり忘れていたわ」
「忘れていた?…レダ、私は貴女の犬じゃない。何時までもは待てません」
そうドゥーガが言った途端、濃くむせかえる様な甘く官能的な花の香りが、闘神とレダ神のいる空間に漂い始めた。
「そのお言葉…戦の神としては、どうなのかしら…」
レダ神は、足元にいるドゥーガに長いチュニックの中を見せつける様にゆっくりと優雅に美しい足を組み替えた。
そしてそのままドゥーガ神へと揶揄する様な口調で言った。
「時に戦いには必要な時間をかけるべきじゃなくて?」
彼女はそのまま組み替えた足先で、ドゥーガのはっきりと分かる程盛り上がった脚の間を――強く踏み込んだ。
ドゥーガ神がビクリとして反応し、思わず小さくため息の様な呻き声を上げる。
「だとしたら…少し忍耐力が足りないんじゃなくて?貴方も、それから貴方の信者の戦士も」
レダ神は緩く微笑みながら、ドゥーガのさっきより明らかに硬さを増したその部分へ、更にぐりっと足裏で強くにじる様に力を入れた。
「ねえ、ドゥーガ。貴方の…我慢が足りないのではなくて?」
レダ神を見上げるドゥーガの鼻先で、花の香りが更に強くなった。
ドゥーガ神の逞しい両肩に、そのままレダ神が片足ずつ乗せたからである。
身体に直接浸透しそうな程に濃く漂う――甘く官能的な花の香りは、闘神とはいえど、頭の中を確実に麻痺させるものだ。
ドゥーガ神は、大きくため息を付いた。
「…分かりました。降参です」
「ふふ、素直で可愛らしいこと」
聖女の様に美しく微笑むレダ神を、吊り上がった金色の瞳で少し恨めし気に見上げ、ドゥーガは云った。
「さあ…どうかこの先の貴女に触れる許可を、私に下さい」
お待たせしました。m(__)m
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