16 火種 ①
大変お待たせしました<(_ _)>
「…御寝所に呼ばれた?」
ニキアスは鸚鵡の様にユリウスの言葉を繰り返した。
「マヤが兄上の部屋から…?」
報告をするユリウスは、部屋の空気にビリっとする様な不穏なものが混じっていくのを感じた。
(これは…思ったよりも、爆弾報告になるかもしれない)
平静を装いながらもユリウスは口から出す言葉を慎重に選びながら、報告を続けた。
「…はい。大変お伝えしにくいのですが、リラ姉の定期報告の連絡にはその様に書いてありました。送られてきた内容のみ申し上げます」
「…分かった…報告せよ」
そのままニキアスはユリウスの言葉を食い入るように聞いた。
「陛下の私室に当たる部屋へ出向き…その日は部屋に戻って来なかったそうです。リラ姉が遣いを出しても返答が無く、次の日の昼近くになりやっとマヤ様が陛下の部屋から疲れたげなご様子で現れたと。しかも…」
ユリウスは報告する自分をじっと見つめるニキアスの視線から目を反らした。
「マヤ様の肌には…その、行為の時の印の様な痕が残っていたと…」
「――ユリウス!」
鞭の様なニキアスの声に、ユリウスは敬礼をしながら返事をした。
「はっ…!」
ニキアスの声はユリウスが未だかつて聞いてことがない程に低く冷たく厳しかった。
「…もうよい、下がれ。暫く部屋に入るな…!…」
「……はい。失礼いたします…」
執務室を出る準備をしたユリウスは、
(いつでも報告はしろと言われていたが…)
『言わない方が良かったのかもしれない』
ニキアスの側について初めてこの日、ニキアスへと報告をした事を後悔をした。
扉が閉まる直前にユリウスが見た光景は、顔面が蒼白になり一点を見つめるニキアスの姿だ。
「…認められない…兄上がマヤを…」
ぶつぶつと独り語をいうニキアスは、どこか虚ろな表情だった。
*****
部屋を出たユリウスはため息をついた。
(マヤ王女を心から愛されていらっしゃるのは分かるが…)
報告の時点でニキアスがあそこまで感情的になるとは、ユリウスも思っていなかった。
ユリウスには『どうして?…そこまで?』という気持ちがどうしても拭えない。
(戦の時の冷静なニキアス様は、一体何処に行ってしまわれたのか)
何故あそこまでマヤ王女に愛を捧げているのかが、ユリウスには不思議だった。
ニキアスがマヤを大事に思っているのは、ユリウス自身も分かっているつもりだ。
しかし――なんといってもマヤは、敵国の姫だ。
しかも口約束はされたが、まだ確実に皇帝陛下から身柄を貰い受け出来た訳では無い。
客観的に見れば、皇帝陛下が言った事は絶対である以上、ガウディ陛下がやはり『マヤ王女を手元に置きたい、側妃にしたい』と決定すればそれは致し方なく、ニキアスの立場であればそれに従って、マヤを諦めるしかない。
ユリウスにとってマヤ王女は確かに美しい女性で、貴重なレダ神の預言者ではあるが、唯一無二と云った存在の女性には思えない。
余程ガウディ陛下の皇后であるヨアンナ様の方が重要な女性である。
それに決して政治も戦も、預言者の言葉だけでまわっている訳では無いのだ。
(この報告を将軍にする前に、誰かに相談するべきだったかもしれない)
とは云っても、ニキアスにもユリウスにも相談する相手などこのゼピウスの地にはいない。
(まさか恋人とは言え女一人と自分の将軍の立場を秤に掛けはしまいが…)
ユリウスが願うのは、この報告を聞いたとはいえ、今一度冷静な頭になって、いつものニキアス将軍に戻って欲しいと思う事だけだった。
*****
「兄上が、マヤを…」
(兄上は…マヤを側妃にするつもりなのか?)
『皇宮で一時預かりにすると云って…まさかそのままご自分の物にしてしてしまうとは…』
(…落ち着け――冷静になれ)
もう一人の自分が警鐘を鳴らしているが、ニキアスの中でぞろりと黒いモノが蠢いて、警鐘をかき消すが如く、少しずつ炎の様に燃えあがっていった。
現在皇軍一つを任されている身になったとは言えど、ニキアスは元々、ドロレス執政官の様にガウディに心酔して深い忠誠を誓った訳では無い。
理由は様々あった。
『ガウディが義兄であるから』
『自分を慕う部下達がいたから』
『自分が脱退したドゥーガの神殿を守るために』
しかし…何よりもニキアスには理由は分からないが、ガウディ自身がニキアスにずっと粘着していたのだ。
(それを…)
じっと我慢に我慢を重ねて…ここまで陛下に付いて来たのに…。
またもニキアスの中で、マヤに懸想していたアポロニウスという学者の男に対し生まれた様なドス黒い炎が、自分のなかで燃え上がるのを自覚せずにはいられなかった。
「マヤは…レダの預言者は…俺のものだ」
ニキアスは独り言ちた。
後に冷静になって考えれば、若しくはこれが自分の立場でなければ。
『少し時間を置いて立場を考えるべきだ』
『もう少し調査すべきだ』
という事が分かる筈なのだが、嫉妬と裏切りに沸くニキアスの中では、黒い炎が勢いを増していくばかりだった。
ガウディへの怒り。
憎しみ、そして不信――。
今までの抑圧された様々な負の感情を全て燃料にするかの様に一気に巻き込んで、それはニキアスの全身を少しずつ燃やし浸食し始めた。
そして物思いに耽るニキアスは気付いていなかった。
遥か遠くで――満足する様な女神の高笑いが聞こえていた事には。
お待たせしました。m(__)m
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