14 嚙み痕 ②
次回更新が未定になります…ごめんなさい。
わたしは迎えに来たリラと共に、自室へ戻るために廊下を歩いていた。
衛兵に帰り道を案内される傍ら、籠を持ったリラは、身体を心配する様にわたしの顔を覗き込んだ。
「…大丈夫ですか?陛下の書斎で気を失ったとお聞きしましたが、今ご気分はいかかですか?」
「ええ…大丈夫よ。今は何ともないわ」
わたしはリラに頷いて答えたが、時折彼女が、ちらりとわたしの肌に残された痕を驚いた様な、痛ましい様な複雑な顔で見ているのを感じた。
(これは…一体どういう事なんだろう?)
廊下を歩きながら、ずっとわたしは考え続けていた。
わたしの皮膚に残された…噛み痕とたくさんのキスの痕。
そしてエシュムンに持って行く様に言われた、籠に入った白い桃と、その下に置いてあった赤い石の意味を。
******
エシュムン医師は寝台に座っているマヤへとゆっくりと近づいた。
「どれどれ…ではお脈を診てみましょう。お腕を出して頂けますかな」
エシュムンに腕を出す様に促されたマヤ王女は、一瞬躊躇った表情を浮かべた。
「どうされました?」
「あ…あの…」
掛物を身体に巻き付け、裸の肩を小さく震わせたマヤ王女は、エシュムン医師の皺だらけの手の上に、噛み痕の残る腕をおずおずと乗せた。
「おお…これは、これは。随分と…」
「エ、エシュムン先生。陛下に…あの、眠っている間に…実は、む、無体な事をされたかもしれないのですけれど、覚えていなくて…」
エシュムンはマヤをじいっと見つめて、静かな声で言った。
「…それを陛下がしたと仰いましたか?」
「い、いいえ…。でもいきなり目が覚めたらこんな風になっていて、それでわたくし…」
混乱した様なマヤ王女へ、エシュムンは淡々と事実を伝えた。
「陛下が女性を抱いたと云えばそうでしょうし、何も言っていなければ、まずしておりません。後に『子種を頂いた、頂かない』で必ず揉めますので、決まったお渡り以外はされない慣例になっています。
マヤ様…何か他にお身体で、無体をされたと分かる事はありますか?」
「それは…」
マヤ王女は真っ赤になったまま口ごもって俯き、黙ってしまった。
******
わたしはエシュムン医師に答えられなかった。
「陛下に無体な事をされたという何か明らかな気づきがあるか」
と問われると、自分の感覚で分かる限りだが――何も無い。
頭が痛くて重いが、自分の身体の違和感と云うものは、今の時点では何もない。
今回、以前の陛下のお渡りのあった時の後の様な…違和感や痛みは全くないのである。
以前のお渡りの時の事を冷静に思い出せば、実際行為の前は、確かに言葉で脅かされ首を絞められたりした。
けれどその後の行為自体は淡泊だった事を覚えている。
確か陛下はわたしの身体には殆ど触れず、足を開けと命令されていきなり挿入はされたが、陛下は義務の様に出し入れをして終わった。
それでも、思い出すのも恐ろしい体験ではあったけれど。
あんな風に事前に『ニキアスの恋人です』と訴えなければ、もしかしたら、本当にただ挿入を数回して終わりだったかもしれない。
(子種云々の問題でしょうけれど、多分…ナカで射精もしてないわ)
******
「――マヤ様?どうですかな?」
エシュムン医師に答えを促されてしまった。
「あ、あの…」
一瞬ちらりと目視で確認すれば、内腿にも噛み痕と吸った痕があったが、冷静になって考え、わたしは渋々と正直に答えた。
「…いいえ、何もありません。ただ…あの、沢山噛まれた痕があったので、一瞬…」
「そうですか。マヤ様は大変錯乱されていたのでいたので、ご自分で求められていた可能性もありますが…」
「…え!?…そ、そんな訳…」
「陛下に訊かなければ何とも言えませぬが…ひとつお伝えしておきますのは、意識の無い女性に実際に無体をされる程、陛下は卑劣な愚か者ではありませんし、女性に困るようなお方ではありません」
はっきりと云うエシュムン医師の言葉に、嘘偽りは感じられないのだが…。
「――それは…」
(そうかもしれない…)
『意識が錯乱していた』とエシュムン医師も言っているし、陛下には少なくとも掃いて捨てる程に、愛人の方もいらっしゃる筈なのだ。
以前拝謁した時にも陛下の回りには、エキゾチックで飽満な身体の美女達しなだれかかっていた事を思い出していた。
「た、確かに…愛人の方達とは、わたくし正反対の様ですし…」
(何かの間違えね、きっと)
わたしはそれで何とか納得しようと思っていた。
すると、エシュムンは何故か笑い出し、驚く事を言い出した。
「はは…あの女性達は擬態と云うか、営業ですよ?
そもそもあんな女性達に関われる程、陛下はお暇ではありません。
ああやって侍らしておかないと、次々と『愛人でも良いから』と娘を捧げにくる貴族が後を絶たないので、その様にしているだけです」
「え?…そ、そうなのですか?」
「それから――陛下の妻、愛人になられたら、まず陛下は口づけはしません。以前お渡りの際、その時の女性に口腔内に毒を仕込まれた事があるからです」
こうして唐突に、次々とエシュムン医師による陛下の閨事情の大暴露が始まった。
「皮膚や粘膜にも然りです。
隙を見て暗殺される可能性があるので、余計な愛撫もしません。
陛下の閨はかなり殺伐としていると思いますよ」
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「で、でも…」
わたしはまた混乱してきた。
(じゃあ…これは、何なの?)
わたしの身体に無数に残る、歯型とキスマークは。
「あと一つ…」
エシュムン医師は呆然としたのままわたしを前に(わたしにとっては)かなり衝撃的な事を云った。
「決まった『お渡り』以外は妊娠の可能性の観点から、挿入は前の穴では無く後ろにします。ですから…マヤ様に後ろの穴に違和感が無ければ、陛下は挿入はしていません」
わたしは慌ててお尻に手を伸ばして触った。
(…特に何とも無いわ)
エシュムンは慌てたわたしの様子を見て、声を上げてまた笑った。
「陛下が子種を出した相手は、儂が全て把握しております故。
マヤ様は大丈夫の筈です」
「ま…まあ、…全ての方の把握をされているのですか?」
「全ての筈ですがね。陛下が全て申告していれば、の話ではありますが」
「まあ…では、アレクシア様は…あっ!」
と思わず口が滑り、わたしは慌てて『な、何でもありません』と誤魔化した。
エシュムン医師が、アレクシア様のご懐妊のお相手が陛下だと知っているのか、今一つ分からなかったからだ。
「?…アレクシア様ですか?」
「あ、い、いえっ!…(いけない…!)」
わたしは慌てて取り繕おうとしたが、年寄なのに耳敏いエシュムン医師には、しっかりと聞き取れてしまっていたらしい。
「それは大変な勘違いをされておりますな、マヤ様」
エシュムンははっきりとわたしへと言った。
「アレクシア様をご懐妊させたお相手は、陛下ではありませんぞ。どなたとは言えませんが」
お待たせしました。m(__)m
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