12 王子はメサダ神殿へ向かう ③
大変お待たせいたしました。
ゆるゆる再開いたします。
メサダ神の神官長はアナラビとタウロスの方へ向き直ると改める様に
「さて――と、神託のお話でしたな」
と言った。
「今回の皆既日食の神託について、メサダ神からはこれ以上のお言葉がないのは事実です。預言部屋に居る預言者もあれから何も言っては来ません。預言者に会って行かれますか?」
「アナラビ、どうしますか?」
タウロスがギデオンを見て尋ねた。
「いや…いい」
ギデオンは暫く考えてから言った。
メサダの神官も薄気味が悪いが、預言者は更に最悪だったのだ。
太陽の神の預言者だと云うのに、陽の差してこない小さな真っ暗な部屋に閉じこもりって、ひたすらぶつぶつと独り言を言い続ける男である。
他人と会話と取る事は出来ず(する気がない)、太陽神を瞼の裏で見る為だと自ら目を潰してしまった。
神託を告げる時はハッキリと言葉を話すが、それ以外はマントを被ったままの狂人の様な見かけと振る舞いにギデオンは会う度にゾッとしていた。
タウロスは改める様に神官長に尋ねた。
「今後皇宮を襲撃する際には…あの迷路のような建物の中の詳細を知らなければなりません。結局ガウディの私室の場所は特定できたのですか?」
「いえ…どの神かは分かりませんが、加護の力が働いて皇宮を覗こうとすると景色が不明瞭になるか強制的失神させられてしまう様です」
「そんなに強い加護の力ですか?不思議ですね。バアルか…ニキアス将軍ではないのですか?」
「ニキアス=レオス将軍が、ゼピウス国へ行軍中でも同様でした。しかも彼は皇宮外に私宅がありますしね」
******
「――暫く首都にはいらっしゃるんですよね?それならまた連絡係を通じてご連絡差し上げます。では私はこれで…」
一気にそれだけを言うと、神官長はそそくさと先程のコダの預言者と同じ方向の廊下へと姿を消した。
ギデオンは舌打ちをしながらタウロスと共にそれを見送った。
「何だよ、あいつ…。何でさっきからあんなに急いでんだよ」
「コダ神の預言者と会うからでしょう」
「…は?何言ってんだ、タウロス。さっき会っていたじゃねえか」
「大方フィロンに性処理でもお願いでもするのでしょう。会う目的が違いますよ」
「性処理…?あいつ、フィロンは男だろ…?」
不思議そうな表情を浮かべ何も分かっていない様なアナラビの顔を覗き込んで、タウロスは言った。
「アナラビ…御存じないのですか?コダの預言者は男娼上がりですよ」
「だ、男娼…?そんなのが預言者やってんのか」
「預言者に生まれや境遇は関係がありませんよ。あの左腕の花の入れ墨を見ましたか?あれは景国の宦官だった証拠です。彼は去勢をして景国の宮廷に仕えていた筈です」
「は!?去勢?マジか。あいつが何かヤバイ罪を犯したってか?」
盗賊団の掟内でも、仕事中に勝手に女を犯した者には所謂『タマを切り落とす』という刑罰はある。
しかしそれは飽くまでも片方の睾丸のみ切り落とす。
大抵の男は片方切り落とされただけで、その痛みと恐怖で二度と禁忌は犯さないからだ。
両方の睾丸を切ったり竿を切るのは余程の事になるし、それをする手間と禍根を残す位なら処分した方が早い。
タウロスは景国での宦官なる者の仕事をギデオンに説明した。
そもそもそれがギデオンには理解出来なかったらしい。
「おいおい…タマも竿も無くてどうやって男の証明をすんだよ。しかもその後になったのが男娼ってマジかよ。だってよ…その、男にケツ掘られんだろ?
そこまでしてどうして生きてぇって思うんだよ…全くオレには分かんねぇな。
それともコダ神の預言者だから、自殺でも禁じられているのか?」
「それはフィロン殿に訊いて見なければ何とも…」
(アナラビの言葉は――幼い)
タウロスは『オレには分からねぇ』を繰り返すギデオンを見つめながら、ため息をついた。
それで振り切って人生を謳歌する者も居れば、それでも生にしがみ付いて生きる者もいる。
それよりも、それを全て超えて今ここで預言者として活躍するフィロンの不気味さの方が先に立つ。
(彼がこのメサダ神殿に訪れた真の目的は何だったのか?)
タウロスはギデオンと共にメサダ神殿を離れ、バザールのあるアジトへ戻ってもそれがずっと気になっていたのだった。
*******
マントのフードを被ったフィロンは、神官長の部屋の扉を音も無く閉めると、そのままメサダ神の預言者の居る小部屋へと向かった。
メサダ神の預言者の居る部屋を警備していた神官は、歩いて来たフィロンの姿を見るなり
「お待ちしておりました。お話は聞いております。中でお待ちです…どうぞ」
と、コダの預言者を留める事無く部屋の中へと通した。
一見懲罰房かも思われるほど小さな部屋は、窓が無く真っ暗だ。
その部屋の隅っこに影はうずくまっている。
渡された燭台を携えて、フィロンはマントを外すとその影へと近づいた。
その衣擦れの音で目を潰した筈の男は顔を上げてイライラした様に言った。
「…遅いぞ、フィロン。随分待たされた。神官長の相手なぞしている場合では無いと云うのに」
「…すみません。コダの神殿へと融資をして頂いている僕の立場では、なかなかお断りするのは難しいと云うものなのですよ」
「お前の立場なんぞ…わたしは知らん。それよりも、メサダ様がわたしの瞼が…ああ、燃えてしまいそうな程に大変お怒りなのだ…。
わたしはここから出れない…だからお前に皇宮内の事を頼んでいるというのに」
フィロンは薄笑いを浮かべメサダ神の預言者へと言った。
「努力はしておりますが…皇帝の警戒心が強くてなかなかと近づけないのです」
「皇宮はガウディの要塞だ――あそこでは何故か全ての神々の加護は無効になってしまう…。だからこそ…お前を『目』として送り込んでいるのだぞ?」
「…同じような事をコダ様からも言われておりますよ」
「神々は我等に直接その意思を送る事ができないからこそ…短い神託の中から我等自らでその意図を前もって汲まなければならぬ。
早く…一刻も早く、あの場所で加護が無効になる原因を探って参れ...!」
「――承知。もう少々お待ちください」
フィロンは艶やかに微笑むと、うずくまった小さな黒い影に深々と丁寧な礼をした。
お待たせしました。m(__)m
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