4 赤い石 ①
*インマヌエル…ヘブライ語 『神は我等と共に』の語義を持つ
「…そのまま目を瞑れ。少ししたら起こしてやる」
「は…はい。申し訳…ありません…」
(陛下がいつもより優しい気がするわ)
不思議だわ――何故だろう…?
ガウディ陛下はわたしが横になった椅子の隣に置いてあった長椅子に腰掛けると、長い足を組んだ。
わたしが掛物越しに陛下をじっと見つめていると、わたしの視線に気付いたのかその顔を横に向け、あの無表情な瞳でわたしを見つめて来た。
「…あ、あの、陛下…わたくし先日…」
「黙って目を瞑れ」
「あ、は、はい…」
(駄目だわ。ルチアダ神殿での話をしたかったけれど…この話は後にしよう)
わたしは陛下の視線から隠れる様に、掛物を顔の上まで引っ張り上げてため息をついた。
何時の間にかトントン...という音が聞こえる。
どうやら陛下が長椅子の手刷りに置いた指をいつもの様にトントンと叩いて鳴らし始めたらしい。
規則的に聞こえる音を聞いているうちに、本格的に眠気が訪れてきた。
(ああ…いけない。このまま眠っちゃいそう…)
瞼がとても重い。
あの白昼夢を見た後に、あまり熟睡できる日が無かったのだ。
(わたし、疲れているのかもしれない…)
わたしは深い闇に包まれる様に眠りに落ちた。
*******
「――見たのか。そうか、記憶を継いだか」
ふと気が付くと、ぼそぼそとした誰かの声が聞こえた。
最初に聴こえたのはひび割れた低い陛下の声だ。
(陛下の声と…誰?…)
「母上と同じだが、まだ大分まともに見えるな」
(まともって…もしかしてわたしの事?)
陛下は誰かと小声で会話をしている様だった。
不思議なのは陛下の声は割と聞こえるのに、話をしている相手の声が全く聞こえてこない事だ。
(部屋に誰かいるの?…一体誰と話しているのかしら)
「何度も言っている筈だ。俺は何もする気は無い。保護しているのは…ボレアス、それは検討違いだ」
(ん?…ボレアス?)
『ボレアス』って…ヴェガ神様の神官だったあの彼の名前じゃなかった?
――確かハルケ山で分かれてそれきりだった筈。
(白い犬に変身出来る男性で、可愛い白い子犬を連れた…)
この状況であの彼が、ガウディ陛下と話をしているってこと?…。
(待って、その前にボレアスって一般的な名前なの?)
それとも他にも『ボレアスさん』がいるのかしら。
わたしが色々と考えている間にも、うんざりした様な響きを伴う陛下の声は続いていた。
「…インマヌエルなど知らん。あの娘にその資格は無い。それを強要する気も俺には無い。帝国が沈んだ後の事など俺には関係が無い。あの二人が――…マヤ」
わたしはいきなり名前を呼ばれて驚いてしまった。
それで思わず返事をしてしまったのだ。
「…はっ、はいっ!」
「――起きているな」
「…はい…」
わたしは掛物の隙間から陛下の方を見た。
陛下はわたしの方をまたあの無表情な表情で見ている。
わたしは首を巡らせて部屋の見渡した。
(お話をしていた相手は何処にいるのかしら)
――けれど。
「――え?」
そこには誰もいなかった。
陛下は一人で長椅子に座っていたし、向かいに誰かが座る姿は無い。
部屋の中にも誰もいない。
この部屋には…横になっていたわたしと陛下しか居ない。
「え?…今…」
陛下は一体誰と会話をしていたの?
(独りごとだったって事?)
それはそれで怖いけれど。
わたしは恐る恐る陛下に尋ねた。
「陛下…あの、今どなたかいらっしゃいませんでしたか…?」
陛下はわたしの質問には答えなかった。
その代わりサッと立ち上がりわたしを見下ろすと言った。
「起きたのなら時間が無いから直ぐに書斎へ来い。書状をみるのだろう」
「…あ、バアル様の返信ですね。はい、分かりました。お願いします」
陛下はそのままわたしを待たずに部屋からスタスタと出て行ってしまった。
わたしはゆっくりと起き上がると、椅子から立ち上がった。
(…良かった。気分が悪かったのが大分落ち着いているわ)
「あら?」
その時に気が付いたのだった。
あのコンソールの上の赤い鶏卵大の石がチカチカと合図の様に瞬いているのを。
******
書斎へ行く途中、あの陛下の趣味の小部屋の前を通らなければいけないと思うとわたしは気が重かった。
(なるべく見ない様に視線を避けよう…)
窓を全開にしていてもむっとする臭いが漂う小部屋の前を通る。けれど、人間見ない様にしようと思うとかえって視線がそちらに行ってしまうものだ。
結論から言うと、わたしはやはりあの小部屋の前で立ちすくんでしまった。
「あれは…どうして?」
わたしはその部屋の中に展示されている標本箱の様子を見て驚いたのだ。
「――まさか、陛下が…?」
あの恐ろしいゲジゲジが見えたからでは無い。
なんとあのゲジゲジの標本と幾つかの標本箱の上には、見えない様にする為なのかしっかりと布が被せてあったのだ。
******
以前も訪れた重厚な造りの書斎の中に入ると、陛下は机の前に置いてあった椅子をわたしに向かって指さした。
「ようやく来たか。そこに座れ」
何と陛下はわたしの為に今回椅子を用意していたらしい。
(な、何で…?この親切心がかえって怖いんですけれど)
わたしが座るのを躊躇っていると、陛下が言った。
「また倒れられては面倒だ。早く座れ」
「あ…は、はい。ありがとうございます。それでは失礼致します」
陛下は丸まった書状を手のひらでポンポンと弾ませると、おずおずと椅子に座ったわたしを真っ黒い瞳で見つめた。
「それで…ルチアダ神殿に行ってお前の捜し物は見つかったか?」
お待たせしました。m(__)m
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