16 ハルケ山へ ①
軍のニキアスのテントの中でわたしがニキアスへ『神託』について話した時の事だ。
『皇軍『ティグリス』はアウロニア帝国に戻る道をゼピウス国の南東ハルケ山に向かって取るおつもりでしょう」
「なぜそれを知っている?」
ニキアスはわたしの目を見ながら薄笑いをして訊いた。
「我が軍のスパイ活動でもして得た情報か?」
「……」
ニキアスの口調が穏やかなのがかえって恐ろしい。
(下手をすると…またさっきと同じ様に柱へと詰めてこられる展開になりそうだわ)
わたしは少したじろぎながらも、ニキアスへこれからする事の必要性を説明しなければならなかった。
わたしはニキアスへ自分の目を逸らさずに告げた。
「軍がこのまま予定通り帰路に就けば…高確率でハルケ山中で先ほど説明した土砂災害に遭います。わたくしはその様な神託をレダ神様から受けました」
小説内でニキアスはマヤ王女の様子を伺う為に軍隊列の後方まで下がってきたから、土砂に巻き込まれずに助かった。
しかし次々と起こる土砂崩れによって軍の前列の一割の部隊を失い、同時に必ず持って帰らなければならない宝も失って『戦争以外での損失を出した』とニキアスは、皇帝への面目を潰してしまう。
そして何時の間にか部下には(これは本当の事だが)『マヤが事前に神託を受けていたのを彼女は故意的に隠した』――つまり『軍を壊滅する目的があったのだ』と大きく広まった。
これは軍内にもマヤ王女に敵がいたのは間違いが無い。
(だから必ずニキアス将軍には信じてもらわなきゃ駄目なのよ)
今現在の時点で味方になってくれる可能性があるのは、実質軍隊を動かす力のあるニキアス将軍だけだ。
この時点で『小説内ではマヤが伝えなかった神託を#わたしが__・__#ニキアスに告げた』となった事で、今後の運命が小説とは違う展開になっていると少しでも信じたい。
ニキアスに信じてもらうには、それを証明しなければならない。だからわたしはそう言わざるを得なくなったのだ。
「わたしがもし土砂災害が起こる前兆を見つけられたら…ニキアス将軍にも信じていただけるでしょう?」
*********
宿屋の寝台に腰かけ向かいあってもう一度『神託』内容について説明すると、ニキアスは腰掛けたまま両手を組んでしばらくわたしを見つめていた。
それからふいっと目を逸らして尋ねてきた。
「…その土砂災害の前兆とは何だ?」
「まさか…わたくしの言葉を信じて頂けているという事ですか?」
「まだ信じるとは言っていない。が...これからハルケ山へと向かうのだから詳細を聞いておく」
『行軍に関わる内容だ。より慎重になる必要がある』と呟くニキアスの足元にわたしは思わず跪いた。
「ニキアス様…それでも聞いてくださってありがとうございます」
膝にあった彼の手をしっかりと両手で包みニキアスへとお礼を言ったのだった。
**************
(またエセ神託か。いい加減にしたらどうだ)
正直マヤ王女の話の内容が神託云々で、『アウロニア帝国軍が帰路で災いの犠牲になる』と言い出した時には、また彼女のいつもの嘘が始まったと思ったのだが。
「証明をするから、ハルケ山に連れて行って欲しい」
マヤが言い出したときには流石にわずかだが彼女に対しての疑念が揺らいだ。
義兄の――皇帝の軍隊を動かす以上、少しの間違いも許されない。
いつもより更に慎重にならなければ義弟と言えど自分の身も危うくなる。
(残されたゼピウス国の王家の血筋は、間違いなくマヤひとり)
実際これがニキアスを陥れるための罠でハルケ山にいるゼピウス国の伏兵や残党がニキアスをおびき出したいだけだとしても、この残された王女を盾に取ればいいだけだと考えていた。
それなのに宿屋での彼女の態度はどうだ。
ニキアスがマヤ王女の話を真剣に聞いていると勘違いをしているらしい。
話し半分で適当に聞こうとするニキアスに対しマヤはいたって真剣な表情と態度だ。
(あの傲慢な王女が跪きしかも礼までだと?王女は一体どうしてしまったのだ)
ニキアスはマヤ王女の真意を測りかねてじっと彼女の顔を見つめた。
すると彼女は少し唇を震わせていきなり顔を赤らめた。
「…何だ?」
「いえ――なんでもありません…先ほどはすみません。『ピュロス』なんて軽々しく使ってしまって…」
「ああ…」
ニキアスも先程の厩舎の前の出来事を思い出した。
今の今まですっかり失念していたが、そう言えば自分は彼女にキスをしていたのだ。
(余りにもイライラしていて、ついしたに過ぎないのだが)
ニキアスは薄笑いを浮かべ嫌味のつもりで言葉を続けた。
「...キスなどされて嫌だったろうに。気の毒だったな」
**********
ニキアスがわたしの話をきちんと聞いてくれるのが有難くて思わず跪いて手を取りお礼を言ってしまった。
そしてわたしはそのままニキアスの顔をまじまじと見上げた。
左半分が面布に覆われているとはいえ、やはり顕わになっている右の顔だけでも十分に男性的に整っていてとても美しい。
青の混じった濃いグレーの瞳がわたしをじっと見下ろしている。
そのままセクシーな形の唇を見てしまった瞬間、わたしはさっきの厩舎でのキスをいきなり思い出してしまった。
「何だ?」
ニキアスに不審に思われてしまったのだろう、わたしは慌ててニキアスへさっきの『ピュロス』の使い方の間違えを謝った。
特に気にしていないのか彼がおざなりな返事を返したな――と思っていたら。
「…キスされて嫌だったろうに。気の毒だったな」
ふいのニキアスの台詞に一瞬反応できずにわたしはその場で固まってしまった。
(これはわたしは一体どう返すべきなのかしら…?)
実際あの場面でとても驚きはしたが、決して嫌ではなかったのだ。
だからわたしはニキアスにまた『嘘だろう』と言われない様に気を付けて返したつもりだった。
お待たせしました。
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