80(幕間)共犯者たち ②
「…毒ではまず不確実ですな」
エシュムンはガウディに言った。
「目の前の敵を殺すには十分でしょうが、大量の毒殺になるとその死体から怪しまれる率も上がります。
また摂取量によって効く者、効かぬ者が出てしまうかもしれませぬ」
井戸水を汚せば一番先にそれを飲んだ者は確実に犠牲にはなるが、原因が水だと断定されやすくなる。
また水元を細かく調べられれば、万が一にも毒物の痕跡を発見される可能性もあった。
「成程…それでは意味がない」
ガウディは頷いた。
「…では皆を眠らせて邸に火を放つのはどうだ。それなら刀傷もわざわざつけなくて良いし、ゼノを運び出せる」
とガウディは思い返した様に言った。
「――いや、強盗に見せかけるのなら刀傷は何人かにつけておいた方が良かろう」
エシュムンは十二歳の貴族の少年でありながらそこまで周到に頭の回るガウディに舌を巻いた。
「そこの匙加減は我らにお任せください。ですがひとつお聞きしたい。わざわざゼノ様だけを屋外へ運びだすのは何故ですか?」
「何故お前がそれを聞く?」
「興味があるからです。ゼノ様を罰してご自分の復讐をする為ですか?」
「これはそもそも俺が始めた復讐劇ではないぞ、エシュムン」
ガウディはまた乾いた笑い声を上げた。
「目的は違う。ゼノだけ運び出してもらうのは単にゼノに聞きたい事があるからだ」
*************
深夜である。
眠り薬の入ったワインで邸内の皆が眠り始めた頃、紋章も無い粗末な馬車が側妃の住む邸宅前に一瞬止まった。
馬車の中から黒い仮面を被った盗賊集団と思しき男達が音も無く出て来て、側妃の邸内へと足を踏み入れた。
入口に立つ門番すらも眠りこけていた邸内は侵入が容易く、黒い仮面の盗賊団はまず家人や奴隷、側妃とその家族に睡眠薬がいき渡っているのを確認した。
そして若い女奴隷の部屋で裸で眠こけていた二番目の側妃の息子ゼノを大きな麻袋に入れて運び出した。ゼノは片眼に眼帯をつけていた。
側妃邸の裏手――大通りから外れた場所に横付けにしてあった粗末な馬車に宝石などの貴金属と金貨・銀貨を次々に詰め込んだ。
「では眠りの深そうな者に傷をつけましょうか」
男の一人が傍らに立つ同じ黒仮面をつけた少し小柄で華奢な人影に声を掛けた。
「これから先はガウディ様は下がっていてください」
「何故だ」
「傷が浅いと痛みで目を覚ます恐れがあります。眠っている者の命をひと思いに奪う事ができますか?」
見れば盗賊二人一組で身体を持ち上げ、致命傷となる刀傷を黙々とつけて回っている。
「…たしかに一人では骨が折れそうだ。俺は別の事をしておく」
ガウディは頷くと、油の入った小さな樽を抱えて歩き始めた。
派手な飾りつけの多い邸内をくまなく歩き回り、ワインの入った樽を次々と美しいモザイク床に転がして中身を床に流していく。
同時に自分が抱えていた小樽の中身の油を各部屋へとまんべんなく撒いていった。
その途中で自分の書いた手紙を見つけると小さく破って床に捨てる。
暗がりで視界が悪かったガウディは自分のつけていた黒い仮面を外した。
邸内の子供部屋では、薄っすら灯る蝋燭の光の中でゼノ以外の側妃等の子供も熟睡している様だ。
眠りが深い子供はワインを嗜んだようだが、側妃の子供の中で一番下になる子供だけが飲まなかったのか、ガウディが部屋に入った時にふと目を覚ましてしまった。
「うわ!な…なんだよっお前。奴隷か…?」
何が起こっているのかが分からないのだろう――ニキアスとさほど変わらない歳の少年は、寝台の上で起き上がるとガウディの前でけたたましい声で毒づいた。
「お前一体誰の部屋に入っていると思ってんだ!何か盗るつもりなんだな!?こそこそしやがって!盗人め!…」
ガウディは長椅子にある羽毛の詰まったクッションを取り上げ、義弟にゆっくりと無言のまま近づいた。
「…まさかっ…」
この時になってやっとガウディの義弟は状況を理解したらしい。
この部屋に来たのが誰なのかも解った様だった。
「…ひっ!!あ、兄う…!?…」
ガウディの顔を僅かな光で見た義弟は引き攣った悲鳴を一瞬あげた。
次の瞬間、その非鳴ごとクッションで塞いだガウディは、義弟の頭を寝台へと力いっぱい押し付けて身体に思い切り体重をかけた。
「お休み、義弟よ」
暴れていた義弟の身体から徐々に抵抗する力が抜けていく。
「呪うのなら…神と自らの運命を呪うといい」
囁く様な優しい声で言ったガウディは、動かなくなった小さな義弟の身体を寝台の上に立ち上がり見下ろした。
**************
ガウディは油で汚れた手を洗いに厨房へと向かった。
水甕の中で手を洗っていると、奥の調理場でいきなり何かが崩れるような金属音がした。
(何だ?)
短剣を引き抜いて足音を潜めてガウディは奥の部屋へと向かった。
(…眠っていない奴隷がいたのかもしれない)
また何かを蹴っとばした様な金属音が響く。
ガウディが息を潜めながら奥の調理部屋の暗がりへと足を踏み入れる。
そこで丁度山積みの鍋を崩し、あわあわと四つん這いになって逃げようと焦る尻を発見した。
「…そこにいるのは誰だ。何をしている」
潜めたガウディの声に、その小さな影は思わず振り向いた様だ。
ガウディにはその振り向いて蝋燭に照らされた小太りの少年の顔に見覚えがあった。
お待たせしました。m(__)m
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