77(幕間)引き金 ②
「な、亡くなった?何故ですか?一体母上に何があったのですか!?」
ガウディは憂鬱そうに書斎の机に頬杖をつく父に、必死に食らいつき尋ねた。
ガウディが出かける前は何時もの母であったのに、この数日の間に一体何があったというのか。
「…湖の氷は割れやすいから、捜して水中から死体を引き上げる事はできない。春になるまで待つわけにはいかないから、エレクトラの葬儀は遺体無しで行う」
父はガウディの質問には答えずそれだけを告げた。
「湖とはどういう事ですか?何故…?」
何故そんな場所へ母上は行ったのか。
(あんなに危ないから行ってはいけないと、母上には何度も伝えおいたのに)
「儂はこれから葬儀の準備をするので忙しい。これで話はおわりだ。出て行け、ガウディ」
ガウディには父が話を早々に終わらせたがっている様に見えた。
更に質問を重ねようとする息子をさっさと書斎から追い出し、廊下に出されてしまったガウディは書斎の扉をどんどんと叩いた。
「父上、父上!お願いします!教えて下さい!母上に一体何が…!」
「五月蝿い、ガウディ!失せろ!!」
ドンと扉に何かがぶつかって、ガシャンとガラスの割れる音がした。
大方机の上にあったワインのボトルを父が扉に向かって投げたのだろう。
扉の隙間から廊下へ血の様に赤黒い液体が流れてくる。
(…もう父上に聞いても無駄か)
ガウディは書斎の扉の前から身を翻し、事情を知っている者がいないか邸内を探し始めた。
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ガウディは邸内の者を身分構わず問いただした。
「母上はいつ出かけたのか?何故出かけたのか?」
「申し訳ありません。分かりませんです…」
「いや…見ておりませんで…」
邸内の殆どの者が、女主人が何時外出したのかを把握していなかった。
それも仕方がない――いつも邸内や庭をふらふらと徘徊する母であったから。
随分と昔になるが、母が付き添いの奴隷を『監視されている様で嫌』と言ってから、母の様子を気にして追いかける者も居なくなってしまった。
何かあれば誰彼構わずヒステリックに怒鳴り、レダ神の預言者だか何だか知らないがぶつぶつ意味不明な事を言う母は、家来や奴隷達にとっては大変厄介な存在だから、直接関わるのを意図的に避けていたのだ。
「母上…何故…」
(いくら大事な用事だったとは言え、自分が外出しなければ良かった。
そうすれば…)
――母上はきっとこんな目に合わなかっただろうに。
後悔と哀しみで打ちひしがれていたガウディに、ペトロという若い奴隷の一人が声をかけた。
「すみません、ガウディ様。そう言えば…奥様が林の奥の方に側室の御子様方と走っていくのを見た気がします」
「ペトロ!お前はまた…余計な事をお言いで無いよ!」
つい発言をしてしまったペトロは直ぐに他の仲間の奴隷に叱られたが、それをガウディはしっかりと聞いていた。
「……それはいつの事だ?」
ぞっとする程冷ややかで鬼気迫る雰囲気のガウディに、奴隷のペトロは青ざめながらしどろもどろに答えた。
「え、ええと…た、多分ですけれど…奥様の姿がお消えになった日の事でさ」
「…ゼノか…」
ガウディがペトロの言葉を聞いた瞬間、今まで僅かに動いていた表情はスッと消え光の無い瞳と相まって能面の様になった。
「…そうか、これか。…分かった」
ガウディはそう云って小さく頷くと、先程までの切羽詰まった勢いはすっかりと消えた様子で、ゆっくりと邸宅の外へと歩き出した。
********************
大公閣下の側妃の邸では、『いきなり本宅の息子ガウディが単身尋ねて来た』と軽く騒ぎになっていた。
大公へと嫁いだ側妃の中でも数人の力のある貴族らの娘が、この別宅で固まって生活をしている。
人々の声と明るい音楽とが何処からか流れて聞こえ、本宅での恐ろしい程静まり返った様子とはまるで別世界の様であった。
側妃の息子らは玄関のすぐ近くの扉の後ろへまとまって隠れ、息を殺しながらも正妃の息子ガウディの様子を伺っている。
一番身体の大きな少年は、片眼に包帯を巻いている。少年等の中で、最も緊張している様子でもあった。
邸宅の入口でガウディは珍しくずらりと玄関に並ぶ側妃らへと頼んだ。
「俺の母のエレクトラが、ゼノ達と出かける姿を見たと言う者がいたので、是非義弟ゼノと話をさせて欲しいのです」
「…実は旦那様からゼノ以下の息子ら皆とガウディ様を合わせる事を禁じられました。申し訳ありませんが、どうぞこのままお引き取り下さい」
「…父上がそう言ったのですか?」
「そうです。特に直接話をさせるなとのお達しでした」
「成程。そういう事か…」
ガウディは小さくため息を付くと、目の前に並ぶ父の側妃等の隙間から邸宅内へと目をやった。
豪華な家具と派手な色遣いの壁。
きらびやかな装身具を身につけている側妃達。
立派な柱を使った大きな建物は金も相当かかっている筈の内装だ。
(父上は殆ど此処で生活をしているのだ)
父に対する愛情も尊敬も既に無いが、ガウディにとってエレクトラの存在は事情が異なる。
精工なモザイク加工の床と壁の絵の向こうの扉をガウディはちらりと見て、少し大きな声を張り上げた。
「…ではゼノに『よろしく』と伝えておいてください」
その瞬間――扉の向こうで隠れる片目に包帯を巻いた身体の大きな少年が、身体をビクリと揺らした。
「なんといっても…可愛い義弟ですから」
冷ややかな声でそう云ったガウディは、そのまま振り返らずに本宅への道を戻って行った。
お待たせしました。m(__)m
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