74 白昼夢 ②
結構内容が重いです。嘔吐描写もでるので苦手な方お気を付けください。
次回はニキアス編に変わります。
――わたくしは懸命に走っていた。
自分の呼吸音だけが聞こえ、吐いた白い息が後ろへと流れて行く。
息が切れて…苦しい。
けれど――走らなければ。
後ろから犬が激しく吠える声と共に、草むらを掻き分ける音が聞こえてくる。
「どこだ…?」
「…こっちに行ったぞ!ゼノ…」
近くにあった棒で犬の一匹を叩いたけれど、その腕を他の犬に噛まれたから、結局それも落としてきてしまった。
「痛いわ。助けて…!誰か…」
犬に噛まれた場所を反対の手で押さえながら、脚を無理矢理動かす。
足の裏も痛い。
ヌルっとしているし、走りづらい。
霜の張っている地面を踏む度にバリバリと音がして、ズキズキと痛む。
何か鋭利な物を踏んで血が出ているのかもしれない。
(でももっと早く走らならければ追い付かれてしまう)
――ああ。
どうしてこんな事になったのかしら。
**************
最初は――側妃の子等がわたくしを呼んで来たのだ。
『あの踊り子の子供が泣いている』と。
直ぐにガウディの姿を探したが『二、三日出かけます』と邸内にいない事を思い出した。
『何かあると困るからくれぐれも気を付けて。屋敷の中で過ごして下さい』
とあの子には言われていたけれど、わたくしは退屈だったのだ。
屋敷の目の前の庭に寝転んでいつもの様に女神様に話しかけてみた。
あの日井戸に薬を投げ入れ損ねてから、どんなに呼びかけても何故か女神様の声が聞こえなくなってしまった。
(…どうしてなの?)
わたくしがあの蟻達を退治損ねたから…女神様は怒ってしまわれたのかしら。
その時だった。
あの子供達がわたくしに声を掛けてきた。
******************
「ねえ、ガウディ様のお母様…」
ガウディと差ほど年の変わらない少年等は醜く肥え太っている。
あの子と背丈は変わらないのに横幅は倍以上は有りそうだ。
側妃達は本宅とは別に住んでいたが、側妃の子供達は素行が悪く方々で問題を起こしていた。
(小憎らしい子達だわ。大嫌い)
わたくしも被害に何度も合っているのだ。
「あのさぁ…あの踊り子の子供がさー…」
「子供?…ニキアスの事?」
にやにやとしながら近づく大きな身体の側妃の子供達から、わたくしは距離を取る。
「…そうそう、ニキアスって奴があの林の中でずっと泣いているんだよ。
俺達どうしようか分かんなくてさ。ここに来たんだけど…」
「泣いているの!? あの子、怪我したの?何処にいるの?」
「案内してやるよ.こっちだよ」
わたくしは先に歩く側妃の子供の後について行った。
どんどんと奥へと歩を進むに連れ昼間なのに薄暗くなって行く。
「…ニキアスは何処?」
警戒しながら前を歩く子供の背中に問うと
「もうすぐだよ」
「何処にいる…」
少年の鳴き声が聞こえた途端わたくしは前へと駆け出した。
目の前の木の側で小さな少年が丸まって泣いている。
わたくしは慌ててその少年に駆け寄って、声を掛けた。
「大丈夫…ニキア…!!」
起き上がった少年の顔は――ニキアスでは無かった。
しかもニキアスと同じくらいの背格好だが、側妃の子供達の一人だ。
「…ニキアスは…?」
わたくしは後ずさりした。
(――ニキアスは何処なの?)
「あいつは居ねえよ。なぁ、おばさん…この間俺達の住居の井戸の前で何かしようとしただろ?」
わたくしを連れてきた太った子供がにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「俺らにアレしっかり聞こえてたんだよね。
全く…ひでえ事しようとしやがるよなぁ」
その言葉と共に、そこに今まで存在しないかの様に気配を消していた子供達が五、六人いきなり現れた。
皆一律に縦だけでは無く横幅の体格も大きい。
「俺達と仲良く鬼ごっこしようぜ?…いいか?クソばばあ選択の余地はねぇぞ」
子ども達はいつの間にか、闘犬で使う犬も何匹か連れ従えている。
「よーい、ドン!」
わたしは後ろを振り向かずに前へと走った。
******************
息が苦しくて寒さも感じない位だ。
いきなり髪を後ろに引っ張られたかと思うと、そのまま地面に引き倒されて転ぶ。
「いや…助けて!レダ様!レダ様!」
「捕まえたぜ。…走るの早いなぁ おばさん」
わたしの身体の上にあの巨体の子供がいきなりのしかかってきた。
「ははっ…おばさんキレイだからまあいいか」
転んで顕わになったわたしの脚を見るなり、子供はチュニックの中に無理矢理手を入れてきた。
一気に全身が粟立ちわたしは必死で手を伸ばして枝を掴んだ。
「――止めて!助けて!レダ様!ガウディ!ガウディ!」
「ぎゃー!!」
次の瞬間――グサッと言う音と何か柔らかいものに刺さる感覚と。
あの子供の悲鳴が林の中を響き渡った。
巨体が顔の片側を押えわたしの上から降りて、草むらの中へと転げまわる。
振り上げた枝の尖端部分がその子の片目に刺さったのだ。
わたしはその木の棒を持ったまま林の中を走り抜けた。
後ろをちらと見ると子供は片眼を押えたまま、憎悪の表情を浮かべて仁王立ちになり
「くっそばばあ!もう許さねえぞ!ブッ殺す!!」
と叫んでいた。
*******************
「レダ様助けて…助けてガウディ…」
(お腹も痛い…もう走れない…)
ひたすら肩で息をしながらなんとか足を動かし、林の奥へ奥へと進む。
もうふらふらとして脚には力が入らない。
(ああ でも犬の声とわたしを探し回る子供達の声が聞こえる)
「もう終わりだぞ。おばさんざんねーん。
その先は湖だから進めねえよ。詰んだなぁ」
わたしの真後ろからあの子供の声がした。
(このままだと殺される…殺されるわ きっと)
「止めて…怖い」
恐怖に追われたあまりわたしは何も考えず、氷の張った湖の上を走り出した。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――助けて助けて助けて助けて助けて助けて)
足元でパリパリと細かく音がする。
裸足の自分の足を見た時
『裸足で歩いては駄目です。せめてサンダルを履いて下さい』
何故かあの日のガウディの台詞を思い出した。
子供達が何かを大声で叫んで犬はしきりに吠えている。
「――割れるぞ!!」
その言葉だけが何故かはっきりと聞こえた、次の瞬間。
わたしの身体は垂直に水の中へと――落ちた。
そのまま凍る様に冷たい水がわたしの呼吸を止めてしまった。
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(…熱い…)
目の前で炎が燃え盛っている。
(ああ…これは…)
黒い煙と熱風が私の髪を煽り焦がしていく。
縛られ立ち上がる事すらできないわたくしに
「…命ごいでもするか?」
背の高い黒い仮面の男ニキアス将軍が言った。
(ああ…わたくしはもう貴方を助けられない。
ごめんなさい ニキアス。貴方を守れなくて...)
レダ様――どうかどうかお許しください。
わたくしはまた使命を達せられませんでした。
その時わたくしの祈りに呼応するかの様に勝手に神託が口から流れ出た。
『…お前に安息の時と地は無い。血塗られた玉座で短い簒奪者の宴を楽しむがいいわ。必ずお前は迎えにきた地獄の犬に無残に食いちぎられる…』
またも視界が暗転する。
(――失敗した)
失敗したんだわ。わたしは――また。
********************
「――ヤ様!マヤ様!!」
わたしは身体を誰かに激しく揺さぶられて目を開けた。
「マヤ様!しっかりなさって下さい!…大丈夫ですか!?」
「リラ…」
わたしの目の前で血相を変えて呼びかけるリラの顔を、わたしはぼうっと見つめた。
「ああ!良かった!…吃驚しましたわ! マヤ様が急に椅子から倒れて、気を失うどころか一瞬息もしていなかったので…」
リラの言葉を聞きながらもいきなり我慢できない程の吐き気がわたしを襲う。
「…ちょっと…ごめんなさい」
と言ってわたしは自分の身体をリラから離した。
「マヤ様…?大丈夫ですか?」
困惑するリラに返事もできず、わたしは馬車の鍵と扉を震える手で開けた。
「マヤ様?…マヤ様!?…何処に…」
馬車がその場に留まっていたのは本当に幸いだった。
わたしはそのままふらふらと馬車から降りて地面に手を付き――嘔吐した。
何度も何度も。
とうとう吐く物が無くなり胃液になってもまだ吐き気は収まらない。
全て思い出した。
マヤ王女の記憶も――。
そしてそのまま地に倒れるとまた視界が暗転した。
わたしはその場で意識を手放したのだった。
お待たせしました。m(__)m
読んでいただきありがとうございます。
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