73 白昼夢 ①
帰る馬車に乗り込む寸前にアレクシアはわたしの耳元で小声で言った。
「…マヤ様 どうぞお気をつけください。
あの方が真に大事にしているのは亡くなったお母上様であり、死ぬ程執着し続けているのは…実はニキアス様なのです」
その言葉に驚いて振り向いたわたしは背の高いアレクシアをじっと見上げた。
「…ずっと近くで見てきたから分かるのです」
アレクシアはそう言うとわたしの手をすっと取り、両手で囲む様に握った。
「理由は分かりませんがあの方は今までニキアス様の為であれば、どんな手を使ってでも邪魔者を排除してきました。
マヤ様 これは決して誇張などではありません」
アレクシアはわたしを真剣な眼差しでじっと見て続けた。
「ですからどうぞお気をつけ下さいませ。
ニキアス様の恋人のマヤ様であれど…彼の障害となるともし判断されたら…」
不吉な事を言ってわたしを見つめるアレクシアの瞳には、冗談の欠片も映っていない。
アレクシアの言葉の続きを考えると、ぞわっとした寒気がわたしの背中を一瞬襲った。
「…わ、分かりました。重々気を付けますわ。
アレクシアさま…ご忠告ありがとうございます」
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帰りの馬車の中でわたしは理由の分からない疲労感に襲われて、ぐったりと馬車の椅子に寄っかかっていた。
わたしの体調を心配するリラに『少し眠いだけよ』と言って瞼を瞑る。
立て続けに聞いた話しの内容があまりにも重くて『アレクシアが実はニキアスの妹だった』と折角分かった事実をすっかり忘れてしまいそうになる。
『どうぞお気をつけ下さいませ。
ニキアス様の恋人のマヤ様であれど――』
(途轍もなく恐ろしい事を言われた様な気がするわ…)
けれどまあ冷静に考えてみれば、アレクシアはそんな男性のお子を身籠っている事になるのだが。
(…何だか訳が分からなくなってくるわ)
小説『亡国の皇子』内でのニキアスとガウディの兄弟仲は決して良いとは言えない。
ただあくまでもギデオン中心の物語だったから詳細までは分からない。
(でもまさかのガウディ皇帝陛下が…)
『あの方は今までニキアス様の為であれば、どんな手を使ってでも邪魔者を排除してきました』
わたしにはどうしても陛下がニキアスの騎士であろうとする映像が見えない。
むしろ最終的にニキアスが闇落ちENDするきっかけになる程、陛下の態度は残酷と言えるくらい非情になっていく筈なのに。
(小説の設定の裏で、何かわたしの知らない背景や事情があるのかしら…)
それに、エレクトラ様が言っていた『亡国の皇子』の言葉もすごく気になる。
わたしは考え疲れていつの間にかそのまますうっと眠りにと引き込まれていた。
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ひんやりとした冷たい風が吹き抜けて、空は雲一つなく澄み切っている。
「…母上、母上。またこんな所で眠って、風邪を引きますよ」
少し高めの少年の声が、わたしの頭上から降ってくる。
横を向くとくるぶし丈の草が地面から生えていて、どうやらわたしはくさむらの中で仰向けに横になっていた様だ。
何故が頭がぼうっとはしていたが、わたしの傍で膝を付き起してくれた少年の顔を見て飛び上がりそうな程驚いた。
「ほら…綺麗な髪に葉っぱがたくさんついて台無しですよ」
少年はわたしの髪についている葉を一つひとつ丁寧に払った。
細長い手足、真っ黒な髪と少し間の離れた真っ黒な瞳。
無表情な顔と合わせて、この少年が誰なのかが直ぐに分かった。
(…陛下だわ!…)
この少年はアウロニア帝国現皇帝ガウディ=レオス――その人だ。
(何故こんなに幼いの?)
「…まだぼうっとしている様ですが起きれ上がれますか?」
言葉は機械の様に抑揚はないが、その中に少年がわたしを心配している声音が混じっているのが分かる。
反射的に『大丈夫ですわ』とわたしが答えようとすると、それに被せる様に少し尖った女性の声がした。
「どうして起こしたの?ガウディ。
わたくし今まさに女神様と交信しようとしていたのに」
(あら?)
少年に向かって話した主はわたし――この女性だった。
「では母上…せめてもう少し暖かい恰好をしましょう」
ガウディ少年は落ち着かせる様に持ってきたマントをわたしの肩に掛けた。
「それにいくら草むらでも、裸足で歩いては駄目です。冷えるしケガをするかもしれません」
少年に言われてふと自分の足元をみると、裸足の足は土で汚れていた。
「…汚れちゃったわ…」
わたしとこの女性どちらの声か分からなかったが、思わず呟いた声にガウディ少年はふっと笑い声を漏らした。
「ええ 汚れていますね。邸に戻って直ぐに洗いましょう。
母上が靴を履くのを嫌がるのは知っていますが、せめてサンダルは履いてください。
あとここは俺が見つけられるからまだしも、湖の方に行くのは危ないから駄目ですよ」
わたしは少年の言葉を適当に聞き流して頷くと、きょろきょろと辺りを見渡した。
「ねえ ガウディ…桃が何処かにいっちゃったわ」
「母上のお好きな白桃ですか?」
「そうよ。いくつか持ってきたの。女神様に捧げてから食べようと思っていたのに…」
「ここの動物か…鳥が持って行ってしまったのかもしれません。邸に戻ればまだありますよ」
わたしはコクリと頷いた。
「帰ったらガウディの分もいっぱい剝いてあげるわね」
「…俺はたくさんは食べられませんよ」
そう言って少年はうっすらと微笑んだ。
「さあ、帰りましょう」
相変わらず抑揚は無いが、穏やかな声音でわたしの手を取ると緩く引いていく。
(一体ここは…何処なのかしら)
わたしがそう疑問に思っていると声の主は言った。
「ガウディ…わたくし帰り道が分からないの」
ガウディ少年は振り向くと、わたしを見上げて言った。
「大丈夫ですよ母上。俺が引いて帰ります」
――すると視界が急に暗転した。
お待たせしました。m(__)m
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