15 偽りのピュロス ④
座ってからわたしは気づいたのだけれど、ニキアスの艶やかな黒髪が濡れて水滴が滴っていた。
ニキアスはわたしの視線に気付くと、あっさりと言った。
「ああ…厩舎で馬の様子を確認してついでに水浴びもしてきた」
「水浴び…?」
「何だ?…何か言いたい事が?」
「いえ…」
公衆浴場も行かず、水浴びで済ませるなんて。
浴場に行かないのはわたしの脱走を気にして…にしても、お湯をわたしに譲ってくれるあたりがやはりわたしへの気遣いの気がする。
「早く神託についてもう一度話せ」
「…あっ…はい。分かりました」
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「――災いとは帰路の途中で遭う、土砂災害のことです」
最初テントの中で預言内容を伝えた時ニキアス将軍から返ってきた言葉は
「土砂災害とはなんだ?」
――だった。
(…しまったわ。ゼピウス国とアウロニア国ではそもそも地形が違うから、ピンとこないのかもしれない)
わたしが説明してもニキアスは最初から懐疑的だった。
現在のアウロニア帝国は版図を広げているが、元々の国土はほとんど起伏の無い土地が広がっていて、全体的に豪雨に見舞われ続ける事も少ないどちらかと言えば乾燥した土地だ。
各神殿も信者が来やすい平地に建てられている位の山地は少ないイメージの地形である。
勿論土壌もしっかりしている事からニキアスが土砂災害を知らなくても無理はなかった。
「足元の地面がそんなに一斉に崩れる事なんてあるのか?アウロニア国では聞いた事が無いが」
(たしかにこれじゃ本物のマヤが『土砂崩れ』を警告しても、信じて貰えなかったかもしれないわ)
埒が明かなくなったわたしは出立前のテントの中で、ニキアスに質問でなくストレートに確認をした。
「わたくしには分かっております。
皇軍『ティグリス』はアウロニア帝国に帰る道をゼピウス国の南東――ハルケ山に向かって取るおつもりなのでしょう」
ニキアスは一瞬目を見開いてわたしを見つめた。
********
マヤ王女がレダ神から聞いた神託はこうだ。
『長雨が降り続き地面が揺れ国の南東の山は七日前後で崩れるだろう。山に入るべからず。民に呼びかけるべし」
マヤは分かっていた。
ゼピウス国の南東の山と言えばハルケ山しかない。
ハルケ山はある花崗岩から出来ていて長い間風雨にさらされる事によりその岩石が脆く崩れやすくなっていく。
ここ数年のハルケ山付近での林業の発達よる森林伐採の影響もあって、大規模な土砂災害が起きてしまうという事らしい。
実はこの言葉のみの『神託』というのは時に厄介である。
その内容がふわっとして曖昧すぎる場合、まず具体的な場所や時間・地名が分からない。
もっと精度が悪ければ、『神託』の内容自体が曖昧な物になってしまう。
マヤ王女の降ろす『神託』はかなり具体的なものだと言える。
これがマヤ王女の『預言者』としての資質が桁外れに優れていると言われる所以でもある。
しかし今回の神託内容では当たり前だが『ハルケ山のどこの場所で土砂崩れが起きる』とまで特定出来るわけではない。
(でもマヤは、小説内でハルケ山に行くのを嫌がったという記載はあった)
多分彼女は直感的に行軍中のタイミングでハルケ山で土砂崩れが起こると思ったのだろうと思う。
そして小説内では実際、アウロニア軍に甚大な被害が起こる程の災いに巻き込まれた。
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(…とはいっても、どこまでも小説内でのことだから)
『土砂崩れの神託を受けました』と曖昧で適当な情報をニキアスに伝えて、誤解と不信を招く事は避けたい。
けれど本当に土砂災害が起こるのだとしたら、わたし自身も本当に巻き込まれる可能性がある。
そして小説と同じ展開になった時、アウロニア軍とニキアス将軍に吊し上げを食らう展開になるのも勘弁して欲しかった。
(だって…ニキアスに犯されて火炙りになる結末よ)
もう既にニキアスへは『軍が帰路で災いに遭う』という内容の神託を受けたと伝えてある。
けれど多分『嘘つき預言者』のマヤ王女として輝かしい実績のあるわたしの預言内容をニキアス等に信じてもらう事は難しい。
だからこそわたしは実際の『ハルケ山の現状』を確認したくて、かなり無理を言ってニキアスに連れてきてもらった。
そして『わたしを犯さず殺さず生かしておいた方がいいですよ』のアピールをする必要があったのだ。
お待たせしました。
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