72 母達《エレクトラとパメラ》 後編
お待たせしました。
「…まあ…では、家族というのは…」
わたしは驚いてアレクシアを見つめた。
(ルチアダ神の預言者アレクシアの事だったのね)
一度はニキアスとの兄妹関係を疑った事もあったけれど。
(まさか…父親が異なっているなんて)
「あの、アレクシア様のお父様は…」
「こちらの大神殿の前神官長ですわ。とは言え、父も母も既に病気で他界しました」
「ご結婚は…」
「しておりませんわ。母はまだ側妃でしたし、父も神官長えしたから」
アレクシアは微笑んでから、自分のお腹を優しく擦った。
「もともと『ルチアダ神』の信者の多くは自由恋愛で、特に結婚と言う形にはこだわりませんので」
「そうだったのですね…」
わたしはアレクシアの話の内容に呆然としながらも、どこか納得する自分がいるのを感じた。
(だからあんなに少年のニキアスとアレクシアが似ている様に感じたのだわ)
アレクシアの話にはまだ続きがあった。
「ただ大公様の御子を妊娠した母は、踊り子の生業も出来ず後ろ盾になる者も居ませんでした。
けれど…妊娠した母に飽きて放置した大公様の代わりに、正妻のエレクトラ様は資金的な援助をしてくれた様です」
そしてこの件になると、アレクシアは少し話し難そうに小声になった。
「けれど…ニキアス様を出産した後、お祝いの為に母の元に来たエレクトラ様は、生まれたニキアス様の左目の痣を見るなり…何故か意味の分からない事を叫びながら、御乱心されたと言っていました」
(…え?どういう事?)
子供を生んだばかりのパメラでは無く、エレクトラの方がいきなり分別を失くして暴れたって事…?
「…正妻の方が暴れたのですか?」
「そうです。元々エレクトラ様は不安定な精神の御方でしたが、更に訳が分からない事を口走っていたと…」
アレクシアは少し息を詰める様にしてから、その台詞を吐き出した。
「『こんな醜い痣があるなんて…こんな筈では無かった。完璧で美しい亡国の皇子が生まれる筈だったのに、どこで間違ってしまったの?』と何度も繰り返していたそうです」
********************
わたしは言葉も出せずに、アレクシアをただ見つめていた。
――違う。
(そんな展開では無かったわ)
わたしが読んだ小説の『亡国の皇子』の中では、確かニキアスの生みの母親が生まれたばかりのニキアスの痣を見て、『醜くて大公閣下に顔向けできない』と言って大公宅を出奔する。
(…そういう話の流れだった筈だわ)
それに何故――その時、エレクトラの口から『亡国の皇子』という単語が出てくるのだ。
(あれは、わたしが読んでいた小説…ただの小説の話の筈なのに)
(どうして?…なぜ『亡国の皇子』と言う言葉が出てきたの?)
(どういう事?昔からエレクトラ様は知っていたの?)
それにアレクシアの話が事実ならば、エレクトラが言っていたのは明らかに、ニキアスが『亡国の皇子』である事を指している。
(エレクトラ様の『完璧で美しい亡国の皇子』って…一体何なの?)
だけど――わたしが読んだ『亡国の皇子』は、前アウロニア国王子ギデオン=マルスの事を指していた筈だった。
(それが何故…わたしの知っている『亡国の皇子』と違っているの?)
アレクシアから様々な事実を聞いて後、自分の頭では話が整理できず、わたしはただただ混乱していた。
アレクシアはそんなわたしを見て、話の内容にショックを受けていると思った様だった。
「…そして興奮したエレクトラ様が本宅に戻ってから、程なくしてある少年が母の元へ訪れたそうです」
「…少年ですか?」
「とても高級な絹のチュニックを身に着けていて、長身でひょろっとした体格の…黒髪で真っ黒な眼の無表情な少年と言っていました」
(…無表情な少年?…)
いきなり話に少年Aが出現してきて訳が分からなくなりそうだ。
「…彼は終始名を名乗らなかったので、母は最初誰なのか分からなかったと言っていました。
すると、彼は袋一杯の金貨を母に渡して言ったそうです」
『直ぐにこの宅から出て、ルチアダ神殿に身を寄せた方がいい』
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少年はいつの間にか、暗がりにそっと影に同化する様に立っていた。
産後で疲れていたパメラには、この少年の正体も少年の話す内容も何一つ分からなかった。
「息子を生んだばかりなのに、今すぐ出て行くなんて無理です。それに…何故わたしがここを出て行かねばならないのですか?」
少年は、ニキアスが眠る籠にちらと目をやってから、パメラを無表情に見た。
「今日ここを訪ねた女の目的は、あんたからあの赤子を奪う事だった」
「…エ、エレクトラ様が? 奪いに…ってどういう事ですか?
あの方には今までずっと…援助していただいていたのですよ?」
それを聞くと、少し高いが抑揚のない声で少年はパメラに淀みなく答えた。
「それはあんたがあの赤子を孕んだからだ。今まであんたを助けた理由はただそれだけだ。
…あの赤子はあんたの息子じゃない。
あんたの腹を借りて生まれてきただけだ。
あの赤子は生まれる前から…女神のものだから」
「腹を借りたって…め、女神とは…どちらの女神様の御意思ですか?」
昏い目をした少年は、パメラのその質問には答えなかった。
「二、三日もすれば…今日来た女の気分は落ち着くだろう。
そうしたら今度は…多分力づくで、あんたの息子を奪いに来る。
あんたが抵抗したり、ここから息子を連れて逃げようとすれば、確実にあんただけは殺される。
その前に逃げろ」
「で、でも…息子をこのまま置いてなんて…」
「赤子は俺と母が見る。
完全にという訳にはいかないが。
あんたはこの痣のある息子の事は、もう全て忘れろ。
じゃなきゃ自分の身に何が振りかかるか分からない」
「…くれぐれも女神の執着を侮るな」
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(母?って…エレクトラが母??)
そして黒髪、黒い瞳の無表情な少年って――。
「え!?…ではその少年って…ま、まさか…へ…」
言葉に出す前に、わたしは慌てて口元を押さえた。
(…まさか――ガウディ皇帝陛下だったの…!?)
「…おそらく、そうでしょう」
愕然とするわたしの質問へ、アレクシアは僅かに頷いた。
「わたくしも直接確認できた訳ではありませんが…」
アレクシアはゆっくりと自分のお腹を擦ると、静かな声で言った。
「皇宮にいれば…預言者とて何かしら権力の影響を受けざるを得ません。だからわたしは、この機会に神殿に戻ろうと思うのです」
お待たせしました。m(__)m
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