69 ルチアダ大神殿で ②
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
皇宮専用の馬車に乗っているとは言え、馬車の護衛兵と神殿廻りの警備兵だけの確認で、スムーズに宮殿内の敷地へと乗り込んで行く。
(…わたしが来るって事を事前に知らされていたのかしら)
神殿廻りを警備する兵に促されて馬車を指定の場所に止めると、ルチアダ神の神官が数人で出迎えに来てくれた。
一応白いトーガを身に纏ってはいるものの、かなり着崩している者が多い。
髪型は皆個性的で髪の片側だけを剃り上げたり、緑やオレンジ色など奇抜な髪色へ染めている者も多い。
神官と言えばその歳にバラつきはあっても、同じ恰好をした人々が整然と並ぶイメージしか無かったわたしにとっては、その自由な姿に少し戸惑ってしまった。
「ようこそ御越しいただきました。レダの預言者様」
その中でも一際美しく整った顔の金髪巻き毛の男性が一歩前に出て、わたしに声を掛けてくれた。
「私はここの神官長ロレンツィオです。初めてお目にかかりますね。どうぞよろしくお願いいたします」
胸に響く様な穏やかで美しい声だ。
わたしは慌てて男性に向き直った。
「あ…レダ神の預言者マヤです。今日はよろしくお願いいたします」
「これはご丁寧に。お越し頂き光栄です…どうぞこちらへ」
わたしはロレンツィオに促されて神殿の中へと入った。
「こちらの神殿は殆どが大理石と木で作られております。その他、貝やガラス、タイルなどを使用したモザイク画が床に使われております」
「まあ…素晴らしいですわ。床や壁の絵も豪華で見事ですわ」
神殿内は鮮やかな色で塗られた柱が立ててあり、処所の漆喰の壁と床のモザイク画のモチーフは多分、女神とその信者が歌ったり、楽器を弾いて踊っている絵だ。
ガラスの張られた窓には細かく花々の彫刻が施され、まるで鮮やかな色彩を集めた美術館の様だった。
さすが首都の大神殿と言ったところである。
感嘆の声を上げつつ、神殿内にキョロキョロと視線を移しながら毛足の短い絨毯の上を歩くわたしに、ロレンツィオは微かに微笑んた。
「レダの預言者様は…途中の街並みをご覧になられましたか?」
「途中の街並みと仰いますと…あの集合住宅地の事ですか?」
「そうです。ここの信者の殆どがあの住宅の良くて二階…殆どが三階以上に住むものが大半なのです」
集合住宅地とは以前の世界でいう団地やマンションの様な物だ。
古代ローマと同じ世界観であれば、都市部の殆どが水道管を引いていたとは言え、まだ水を高い位置まで引き上げる技術は無かった。
(せいぜい二階までだったらしい)
また高層階に行けば行く程建築が荒くなる傾向があったため、低層階ほど家賃が高く、一階に住む事が出来るセレブ以外は殆どが二階以上に住んでいた。
つまり信者の殆どが中流から下流層の暮らしをしていると言える。
「芸事で日々細々と稼ぎながら暮らす者達が多かったので、十年前位まではこの神殿も信者が多くとも寄付の額は少なく、かなりさびれた状態でありました」
「まあ…そんな風にはとても見えませんわ。とても整備されてご立派な神殿に見えますけれど…」
「…今はそうですね。それも全てアレクシア様のお陰です。
彼女が預言者として認められ『皇宮付き』のお立場となってからは、帝国内での信者達の活動の幅も広がり、多方面からの援助も受け神殿の改築もする事が出来ました」
美しい声で詩を口ずさむ様に言ったロレンツィオは、わたしを神殿の入口が見える位置まで連れてくると、その近くに会ったベンチへ腰かける様に促した。
「…どうぞこちらへお座りになってお待ちください。
――アレクシア様の御演奏が始まります」
驚いたわたしは思わずロレンツィオに尋ねた。
「ア…アレクシア様がここにいらっしゃるのですか?」
ロレンツィオは微笑んで答えた。
「ええ、本日は『神楽祭』ですから。神へと捧げる曲を聴く事が出来ますよ」
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(何だか良く分からないわ…)
わたしはかなり戸惑っていた。
陛下の指示に従ってこのルチアダ大神殿に来たはいいけれど。
(このまま『ルチアダ』神の預言者アレクシア様にお会いしろ、という事なのかしら…)
幼いマヤ王女が『経典で見た芸術の神ルチアダ様みたい』と少年ニキアスへ言った過去を思い出す。
長い黒髪・青色の瞳・象牙色の肌の美女アレクシアと良く似た少年の頃のニキアス。
でも確かお母様は…ニキアスを生んで直ぐに大公宅を出て行った筈だ。
(だとすると、彼女が実は『大公の落とし子でした』では無いわよね。
双子にしても歳が離れているし…)
一体どういう事なのだろうか。
するとわたしが考え事をしているうちに、アレクシアらしき女性が何処からか現れていた。
すらりとした身体に白いトーガと緩くチュニックを身に纏い、長い黒髪は三つ編みにして左耳には百合の花が差してある。
端正で小さな顔は、遠目からでもはっきりと目を引く美しさだった。
神官により、大きなハープと椅子が神殿の入口中央付近で準備され、それと同時に、それぞれ楽器を持った神官と信者数人がアレクシアの両隣へと整列した。
いつの間にか広場には多くの信者と訪れた見物人が、アレクシアから離れた場所から遠巻きに座り、彼女等の演奏を待っている様だった。
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演奏が始まった。
繊細な旋律のメロディがアレクシアのハープから生み出されると同時に、美しい音色の縦笛と竪琴の音色が重なる。
パンフルートが組み合わされ、何処からか打楽器の音が小さく鳴った。
アレクシアがすうっと息を吸う動作をすると同時に、素晴らしく高く美しい声が音となって響き渡っていった。
鳥肌が立つほど美しく声量のある声だ。
(あんな細い身体の何処にこんな力があるのだろう)
と思われる程、アレクシアの身体自体が天上の音を奏でる一つの楽器になっている。
わたしは呆然としながら、彼女が歌い上げる様をただただ見つめていた。
心を揺さぶる様な曲の切なさ、美しさの余韻を残しつつ、アレクシアは歌い終えた。
わたしは思わずベンチから立ち上がって、観客や信者と共に夢中で拍手をしていた。
その時――ロレンツィオに声を掛けられて、すっと絹の刺繍のある手拭いを渡された。
「マヤ様…どうぞこちらをお使いください」
「あ…ありがとう…ロレンツィオ」
そっと自分の頬を指で触ると、濡れていた。
どうやら知らない内にわたしは涙していたらしい。
わたしはロレンツィオから借りた手拭いで、目元を軽く抑えた。
「まだ続きますので…どうぞお座りになってお楽しみください」
ロレンツィオは、巻き毛を揺らして美しく微笑んだ。
お待たせしました。m(__)m
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