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嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される  作者: 花月
2.『vice versa』アウロニア帝国編
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65 貴重な時間 ①

虫が嫌いな方、少々お気を付けください。



陛下がわたしの部屋を訪れたあの日の、一週間後の昼過ぎだった。


待っていた陛下からのお迎えの使者は、少し早めの時間でわたしの部屋の前に迎えに来た。


前日まで頭を悩ませながら、わたしは手紙をしたためてはいた。


いきなり直接的に『ニキアスの様子が不自然な態度でどこかおかしい』と書く訳にもいかないから、前回バアル様に頂いたたくさんの絹の布やフルーツのお礼と同時に、さらりと(書けているかどうか怪しかったが)『ニキアスのお母様について知っている事があれば教えて欲しい』と文章にしてみた。


(もしかしたら陛下の検閲に引っ掛かってしまうかも…)


と一抹の不安が過ったが、陛下から駄目出しを喰らった時点で文を直そうを肚を決めたのだ。


(色々な事を怖がっていては前に進めないし、ニキアスの力にもなれないわ)


わたしは決意を新たにして、不安そうなリラに『行ってきます』と声を掛け、自室を後にした。


羊皮紙に書いた文を持ち、案内人の衛兵の後に続いて陛下の部屋へと向かう。


幾つもの角を曲がりグルグルと歩き回されると、やっと陛下の部屋の前に着いたらしい。


飾り気のない扉は、他の客室の一つの様に勘違するに違いない。

『ここです』と教えてもらわなれば確実に通り過ぎてしまう。


屈強な衛兵に念入りなボディチェックを受けた後、部屋の扉をノックしようとして、衛兵の一人に止められてしまった。


「お待ちを。一言よいですか?」

「はい…?」

「陛下にとって今は貴重な作業時間中です」

「…え?貴重な作業…ですか?」


「そうです。集中を要する大切な作業中でおられますので、他人に邪魔をされたく無いと…ノックをせずに入る様に言伝られております」

「え?ノックせずに…?」


意味が理解できず鸚鵡の様に衛兵の言葉を繰り返してしまった。


「はい。陛下御自身がお時間とご予約の把握はしておりますので、どうぞそのままお入りください」


「…分かりましたわ」

わたしは衛兵に向かって頷いた。


**************



「…失礼いたします…」

小さく声掛けして、わたしは部屋の中へと入った。


「うっ…臭い…」

一歩入った途端、わたしは思わず口元を抑えた。


(衛兵達は何も気にしていないから、別段異常な事では無いようだけど)


何故か部屋中に異様な匂いが広まっている。

(何なの?この匂い…)


格子状に木組みされた大きく開いた窓からは、光が差し込んでいる。


部屋の中は明るく広いが、良くも悪くも簡素化されている。


と言うか――。

(この内装、何だかあの陛下のイメージとは違うわ…)


床には草木がモチーフらしい細かい石やタイルやガラスで出来たモザイク画が敷き詰めてあり、壁や柱は白く、少しアーチ作りの天井は全て濃紺に塗られている。


デザイン性の高い石像や柱的ものは配置されておらず、表現は難しいが、以前の世界で言うところのエキゾチックモダンなホテル(けれど部屋自体はとても広い)といった感じだ。


ただ嗅いだ事のない異臭がずっと漂っている。


(一体陛下は何処にいらっしゃるのかしら…)

相変わらず陛下の姿は見つからない。


奥へとゆっくり進むと、扉の開いた部屋が見えた。


***************


そこは今までの部屋と較べると、薄暗い小さな部屋だ。

さっきから部屋中を漂う薬草臭い匂いは、この場所が一番強く充満していた。


陛下は、その部屋の真ん中に置かれた机に向かい、こちら向きに座っていた。

部屋の明かりは天井からのみ差す光の中、片眼鏡をした陛下は何かの作業をしている。


「…暫し待て」

陛下は顔を上げずに、小さくひと言だけ言った。


そしてその手元に持つ小さなピンセットを使って、机の上の木組みの上で何かを伸ばすと、そのまま細い待ち針の様なものを板の上に打っていった。


薄っすらと見える状態では、どうやら陛下の隣には二つたらいがある様だ。


一つは僅かに湯気の上がる水(湯?)、もう一つは部屋を薬草臭くした原因の液体の様なものが張ってあった。


それを見た途端、一瞬ぞわっと鳥肌が立った。


湯の中に手の平位の大きさの虫が――プカプカと浮いている。


(な…何をしていていらっしゃるの?)


「…終わった」

陛下はそう言って立ち上がると、作業していた組み木を持ってわたしの目の前を素通りし、小部屋を出た。


そしてやや遠くの窓際まで歩き、持っていたそれを立て掛ける。


良く見てみれば組木は数個、窓辺に立て掛けてあった。

何かが細いピンで並んで張り付けてある。


そのまま小部屋に戻って来た陛下は、小部屋の天井窓のドレープカーテンの紐をぐいっと引いた。


*****************


部屋の中が一瞬で明るくなる。


その小さな小部屋の壁面に飾られていたものを見て、わたしは息を吞んだ。


「すごい…」

わたしは思わず呟いていた。


(標本だわ…!)

小部屋の四つの壁にびっちりと隙間なく、木枠で囲まれた昆虫や蝶の標本が飾られていたのだ。


(こんな時代(所処?)にも標本があるなんて…)


大きく鮮やかな蝶や艶々と金色や鮮やかな赤や緑色に輝く虫は、まるで宝石や芸術品の様だった。


辺りを見渡し、その中でふと目をやったある木箱を見て、わたしは思わず

「ひっ」

と声を上げて後退りした。


――と次の瞬間、自分の足に引っかけて見事に尻もちをついてしまった。


けれどわたしは座り込みながらも、その標本から目が離せない。


何故なら

「…ゲっ…」

(ゲジゲジだわ…!!)


ここに来て初日で見たあの巨大ゲジゲジと、それに良く似た虫の標本が目の前にあったのだ。


(あぁ~!! やだやだやだやだ…っ! 気持ちが悪い~!!)


とにかく何がって、見た目が生理的にNGなのだ。


さっきと比較にならない位、どうしようもないぞわぞわとした悪寒が、わたしの背中を這い上がってくる。


蛭やミミズ、なんなら他の虫や…百歩譲って、ムカデまではなんとか我慢できるのに


(この手の虫はホントに本気でダメ~~っ!!!)


陛下は相変わらずわたしが居ないものとして終始無言を貫き、机とその上に置いてある器具を手早く片付けていた。


けれどわたしが、標本を見ながら青ざめて後退りし、尻もちをつくのを見ると


「無様な。早く立て」

と冷たく言って盥を二つ持ち、足早に小部屋を出て行ってしまった。


あまりの言い方と放置に、わたしは思わず持っていた大事な手紙を手の中で握り潰しそうになったが、何とか平静を取り戻した。


「はい…申し訳ありません」


チュニックの後ろを軽くはたきながら、標本を見ない様に恐る恐る立ち上がると、今度は少し離れた場所から陛下のひび割れた声が聞こえた。


「時間が無い。文を寄越せ、レダの預言者。書斎へ来い」


お待たせしました。m(__)m


読んでいただきありがとうございます。

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