61 皇帝陛下への嘆願 ②
ガウディ=レオス皇帝は片手を上げると、臣下の騒めきを消す様にサッと振った。
すると一瞬で方々から聞こえていた声が止んだ。
「――もう良い。興覚めだ。レダの預言者」
そう言うと皇帝ガウディは、皇帝の椅子から無表情のままでゆらりと立ち上がった。
ガウディが階段を下りてくるのを見たレダの預言者は驚きの表情を隠せずにいた。
マヤ王女はゆっくりと皇帝ガウディがこちらに歩いてくるのを、瞬きもせずに見つめていた。
皇帝ガウディはマヤ王女の前で足を止めた。
「窮鼠猫を噛むか…」
警戒する様に身を縮こませ、けれど目線を反らさないマヤ王女を、ガウディは小首を傾げながら見下ろした。
「残念だが、お前が噛んだ相手は猫ではない」
そしてマヤ王女に顔を近づけてそっと、むしろ優しい声音で言った。
「可哀想に…もうお前に出来ることは何も無いのだ。神の人形よ」
***************
陛下の台詞を聞いた瞬間、わたしは頭を殴られた様な衝撃に襲われた。
『お前に何も出来る事は無い。マヤ――』
白い光が幾つも点滅して、声が聞こえる――。
突然何かの記憶がわたしの中で、フラッシュバックする。
『…神の声が聞こえたから何だと言うのだ。
我が国にとって益になる内容は何一つ無いではないか。
ただ人心を惑わせ混乱させるだけの言葉など…』
(ああ、知っている。これは…この声は)
お父様、待って。
マヤは見えたものを言っているだけです。
レダ様の神託で皆を不幸にしようだなんて、決して思っておりません。
(前ゼピウス国王――わたくしの父だ)
『お前の預言はただ人を不幸にするだけ。
お前の神託は呪いの言葉だ』
**************
ガウディの目の前で、いきなりマヤ王女は全身をぶるぶると身震わせた。
息を短く吐き始めたマヤ王女は、前を向いてはいるが、その視線は虚ろで合っていない。
そしてマントの前部分を、指の関節が白くなるくらい強く掴んでいた。
――と同時に、マヤ王女の両眼からいきなり涙が溢れ出した。
「…今度は泣き落としか?」
ガウディがもう一歩近づいたその瞬間、マヤ王女はガウディに駆け寄りそのトーガにしがみ付いた。
「陛下…!」
緊張する臣下の声と同時に、ガウディはマヤ王女の小さく絞りだす様な声を聞いた。
「許して…!マヤを許して。ごめんなさい…」
ガウディのトーガを掴んだまま、その足元に崩れ落ちたマヤ王女は、ただヒューヒューとした笛の様な音の呼吸を繰り返した。
「陛下…」
ガウディ皇帝を案じる近衛兵の声に、ガウディは手を振った。
「よい。近寄るな。侍医を呼べ」
「マヤはこれしかできない…でも嘘はつけない。お父様…」
ぶつぶつと呟きながら荒い呼吸を繰り返すマヤ王女に、ガウディは片膝をついて屈んだ。
「マヤを許して――レダ様…た…て…」
その言葉を聞いた瞬間、皇帝ガウディの身体が微かに固まったが、それに気づいた者は誰もいなかった。
***************
ガウディは荒い呼吸を繰り返し自分の足元にうずくまるマヤ王女を少し抱き起し、その耳元で何かを囁いた。
その瞬間、マヤ王女は脱力して気を失った様になった。
床に倒れ伏す前にガウディは、彼女を抱き留めて抱えた。
腕の中にいる気を失ったマヤ王女の顔を無言で見下ろす。
謁見の為にきちんとしてきただろう化粧は、涙ですっかり崩れ落ちてしまっていた。
「陛下…」
ガウディの隣に近衛兵が立っている。
ガウディは立ち上がり、その近衛兵に横たわったマヤ王女の身体を丁寧に渡すと言づけた。
「レダの預言者が目を覚ましたら、余を呼ぶ様に伝えよ」
「…畏まりました」
そのままガウディは踵を返すと皇帝の椅子に腰かけて足を組んだ。
そして、横炊きに抱えられるマヤ王女の姿謁見の間から消えるのを見ると小さく息を吐いた。
「…哀れな女だ」
頬杖をつき、ガウディはまた指先でコツコツと肘掛けを叩き始めた。
「……女神め、許さん…」
真っ黒な両眼に憎悪の炎を燃やし、アウロニア帝国皇帝ガウディ=レオスは、誰もいない虚空を睨みつけた。
お待たせしました。m(__)m
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