51 執着のかたち ③
前回の続きプラス改稿分です。
よろしくお願いします。
ニキアスはその場に一人で取り残された。
『…ただの褒章として彼女を自分の物にしようとしている。
優しく賢く美しい彼女が何も言えないのを良い事に…』
(そうなのか?)
彼女が自分に抱かれたのは本当は自分の意思ではなかったのか。
(そんな筈は無い)
マヤは自分を愛している筈だ。
あの時、彼女自身が俺の為に純潔を捧げたではないか。
(いや本当にそうか?)
それは――真実なのか。
愛を確かめあった帰路での時間は短く、会えない今はそれを確認する術も無い。
ゼピウス国陥落後、捕らえた彼女の生殺与奪を握っていたのは自分に他ならない。
(その立場の自分に彼女の気持ちの何が分かると云うのか)
その行動が例え自分の身と命を守る為だったと言われてもニキアスには何も言えない。
かつて王宮を逃げ出した時のニキアス自身がそうであったのだから。
ニキアスは手を握り締めると、その場に立ち尽くした。
傾いた陽の窓から入る細い光がニキアスを照らし、足元の影が延びていた。
*********
『彼女を美しいと、そして欲しいと思う男は貴方だけではない』
アポロニウスの言葉がニキアスの脳裏に何度も繰り返された。
(マヤを愛してる)
それは間違いが無い。
しかしマヤを『愛しい』と思うと共に、彼女への激しい感情が湧き上がる。
(彼女を誰の目にも触れないところにずっと閉じ込めて置いておけたら)
その感情は飢渇と『失われるかもしれない』という焦燥感に似ていて、彼女が自分から離れていくのを許せないでいる。
(何なんだ…これは)
自分の中で吹き荒れている黒い嵐の様な感情は。
くっきりと顕わになっていく黒い影の様な独占欲は。
――本当にこれが『愛』というものなのか?
ニキアスは闘いやプレッシャーが積み重なるほど、反対に自分の頭は冷えてくる質だと思っていた。
戦いにおいて常に要求される状況を判断できる分析力と冷静さがマヤに関してはこんなにも簡単に吹き飛んでしまう。
(…正解が分らない)
ニキアスは自分の隣でぐったりして眠るマヤを見下ろした。
汗で額に貼り付いているマヤの髪をニキアスは指先で丁寧にそっと払った。
「…なんて厄介な感情なんだ」
肩に落ちる自分の髪をかき上げながら、ニキアスは小さく呟き真っ暗な部屋でため息をついた。
******
ニキアスはそっと部屋の扉を開けた。
すっかり夜になり蝋燭の灯った廊下で、リラは入口扉の横に置かれた椅子に座って待っていた。
廊下に現れたニキアスの姿を見て、侍女はハッと気づいて立ち上がった。
「すまない。待たせた」
「いいえ、マヤ様は…」
「今は眠っている。それで…」
「分かっております。お任せください」
リラはニキアスに頷いてから訴える様に
「ニキアス様。わたくしの見る限り、マヤ様はニキアス様を裏切ったり欺いたりした事はございません。ですから…」
「それは分っている」
ニキアスは低い声で呟いた。
(問題なのは自分自身の方なのだという事も)
「暫くゆっくり寝かせてやってくれ」
ニキアスはそう言って、レダの預言者の部屋を静かに後にした。
********
わたしは窓から入る日の光に照らされて、目を覚ました。
(鳥の声…?)
ハッとしてがばッと寝台から起き上がると、自分がこざっぱりしたガウンを身に着けている事に気付いた。
(一体誰が?…)
――ニキアスだ。
「…ニキアスだわ」
はだけたガウンの隙間から、わたしの肌にニキアスが残した痕が赤い花びらの様についているのを見た途端、昨夜の痴態を思い出して恥ずかしくなった。
その時わたしの声を聞いたかの様に、ノックをすると同時に部屋付きの奴隷の女性が扉の隙間からほんの少し顔を出した。
「おはようございます。マヤ様」
「あっ…お、おはよう…」
わたしは慌ててガウンの前を合わせた。
「リラ様に云われております。お湯の支度が出来ておりますのでどうぞ」
「お湯…?」
「湯あみなさったら、朝食の準備をする様にと言われております」
『ご入浴のお手伝いをいたしましょうか?』
と云う奴隷の言葉を丁重に断って、わたしはひとりで浴室に入った。
預言者棟の各部屋には、この時代には贅沢な事に小さいながらお風呂が付いている。
ニキアスの邸宅の様に大きなものではないけれど、個人宅のものよりは広いらしいから、十分な大きさだろう。
浴槽に用意されたたっぷりのお湯にわたしは顎近くまで浸かった。
「はあ…」
(乳白色のお湯で良かったわ。自分の身体が見えないから)
ガウンを脱いだ時に目で確認出来る処に既に沢山の痕が付いていたから、全部確認したら…と考えてまた恥ずかしくなった。
(ああ…もう、いくら久しぶりだったとはいえ…)
どうしてニキアスはあんなにいつもと違っていたのかしら。
わたしに尋ねられることを何故か避ける様に、わたしはニキアスに強引に抱き潰されてしまった。
(どうしてあんなに追い詰められるような表情をしていたんだろう)
これ以上湯につかるとのぼせてしまいそうだったので、わたしは手早く自分で身体と髪を洗って浴室を出た。
恥ずかしかったが結局、着替えを奴隷の一人に手伝ってもらいるとリラの声がした。
どうやら奴隷と共に朝食の準備をしているらしい。
わたしは着替えを全て終えてリラに声を掛けた。
「おはよう、リラ。昨日はごめんなさい」
「おはようございます。今朝は体調はいかがですか?」
「あっ…。う、うん。大丈夫よ。元気…元気だと思うわ…」
「それは…良かったですわ。その、ニキアス様が…とても気になされていた様ですので」
リラのその少し沈んだ言葉のトーンが気になったわたしは、思い切って食事の準備をしているリラに尋ねた。
「ねえ、リラ…昨日のニキアスの様子…どこか変だった気がしない?」
リラは少し口を噤んでから、わたしに言った。
「それはマヤ様もご存じの通り…アポロニウス様と少々口論をされていまして…」
「そんな…ニキアスは将軍なのよ?それに口喧嘩位でいつも冷静なニキアスがあんな…感じになると思う?」
「いえ……」
暫くしてから、リラは諦めた様にわたしの方を向き直り話を始めた。
「実は…今回の御預言内容とその対策案が『ニキアス様の手柄』の様になってしまった事について、アポロニウス様がニキアス様を咎めるような話の流れになりまして…」
「まあ…そんな事に…?」
(まさか…そんな話の展開で喧嘩になっていたなんて…)
わたしは驚いて小さく疑問を呟いていた。
「もしかしてアポロニウスは自分の働きが正当に評価されて無いと感じてしまったのかしら。確かに彼も計測と計算をあんなに頑張ってくれたのだから、もっと評価されても…」
わたしは『アポロニウスの言い分も分らないでもないわ』と続けようとしたが、リラは首を振ってわたしの言葉を訂正した。
「…いえ、違います。わたくしでも解るくらい…その態度と口調が不自然でしたから」
そして
「アポロニウス様はマヤ様に、どうやらご好意を抱いておられる様ですわ…」
『その上でニキアス様と言い合い争いをなさっている、と言った感じでございました』
とリラは深刻そうに云ったのだった。
お待たせしました。m(__)m
読んでいただきありがとうございます。
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