42 レダの預言者からの提案
わたしはドロレス執政官の前を通る時に、彼に声を掛けた。
「ドロレス様。これ…イベントにしてみるのはいかがでしょうか」
わたしの言葉を聞いたドロレス執政官の眉がぎゅっと中央に寄せられると、彼は不自然なほど豊かな巻き毛を振った。
「ドルシラ…レダの預言者は一体何を申して居るのだ?」
わたしの斜め後ろにいたクイントス=ドルシラへと質問をする。
「レダの預言者殿…」
クイントス=ドルシラは
(また一体何を言い出すのだ)
と言わんばかりの怪訝そうな顔をしたが、わたしは隣にいたアポロニウスに尋ねた。
「たしか日蝕は数分で終わる筈よね」
わたしへの質問に、アポロニウスは首を捻りながら返した。
「…そうですね。計算するなら約五分から七分くらいの間で終わりますね。もっと短いかもしれませんが…」
アポロニウスの返答にわたしは頷いた。
「ありがとう、アポロニウス」
(どうせ短い時間だし、これは稀に見る珍しいものだから…)
もしも天気が良かったら『皆既日食』はくっきりと見えるに違いない。
わたしはドロレス執政官を真っ直ぐに見て言った。
「初めから分かっているなら、返って隠さずに民衆へと知らせてはどうでしょう」
わたしの言葉にクイントス=ドルシラとドロレス執政官は唖然とした表情をした。
「不意に見る不可解な現象だからこそ、民衆は不安になるのです。事前にそれを周知しておけば、それは心の準備が出来ている状態で見る…珍しい事象となります。何故ならはっきりと太陽が見えている状態なら『皆既日食』が起こった場合、その数分間は数百年に一度の出来事になるからです」
その場の皆がシン…と静まりかえった。
「その素晴らしい数分間の天体のショーを…皆で見ないなんて勿体無いとは思いませんか」
******************
ニキアスは元老院議会ホールの一番前の席に座っていた。
『レダとコダの預言者も元老院会議に出席する』という異例中の異例の事態に、いつもよりも議員の出席が多く騒がしかった。
そのためマヤの姿は他の議員で隠れてしまい、残念ながら壇上近くの彼女のいる場所を目視する事が出来なかった。
(マヤに会えたのは先程だけか...)
もしかするとこのまま、彼女との接点が無いまま会議が終わってしまうかもしれない。
もう少しマヤに会えるかもしれないというニキアスの淡い期待は、会議が始まって直ぐに消えた。
元老院会議はいつもだらだらと議題を進行するイメージがあったが、今回は何処と無く全体的にピリピリとヒリついた空気が漂っている。
周りの議員の話と事前に耳に入った情報とを照らし合わせると、どうやら『太陽が消える』という現象が起こると二人の預言者から、『神託』があったらしい。
『太陽が消える』
太陽神メサダの姿が消えるとなれば『不吉な象徴』とされてもおかしくはない。
(将軍職の多くが戦地に出たり、元老院に出席していなかったのでニキアスも知らなかったのだが)
実は最初の『コダの神託』を聞いた議員らの裏側の一部で囁かれたのが、『ヴェガ神』の仕業では無いかという根拠のない噂である。
そしてレダ神・コダ神両方の神託が発表された後、レダ神の預言者による『ただの事象に過ぎない』発言も加えられ、議員の大多数が更に事態を把握できず、ただただ皆が混乱した状態になってしまった。
今回の事で分かったのは『太陽が消える』のは『皆既日食』という事前にわかる事象で、どうやら恐れなくても良い現象であるらしい。
(やはり…マヤの、レダ神の神託か)
ニキアスはハルケ山の時の事を思い出していた。
彼女の神託と未来視で、多くの兵士が巻き込まれる土砂災害とやらから無事回避できたのだ。
しかし――そう分かっても、どの様に世間へ対応すべきかとは全く違う話しだ。
民衆にとって理解できない現象が恐怖の対象である以上、その数分間がコダ神の神託の様に『凶兆のしるし』となる可能性があるのは、今の時点で否定できない。
ニキアスはため息をついた。
(ハルケ山の様に避けたり、止める事が出来ない『現象』を一体どう対応するのか…)
マヤに会って直接話を聞きたい。
ニキアスがそう思っていると、ふと執政官の壇上近くで、ドロレスと誰かが会話をしているのが見えた。
他の評議会委員ともう一人の預言者も既に議事堂から出て行き始めていて、評議会長のクイントス=ドルシラという男と、もう一人くるくる髪の男だけが残っている。
呆れた様な表情のドロレスに向かい、一際小さな白いフードを被った人物が何やら一生懸命に伝えているのが見えた。
(――以前と同じだ)
あの時も、マヤはニキアスに懸命に帰路を変える様に説得していた。
ニキアスは思わずその場に立ち上がった。
そして中央の通路を通り、壇上へ向かって歩いて行った。
*********
「その事象は間接的に観察できるもので、その道具を皆に渡す事で、日食の起こる始めから終わりまで見る事ができます」
わたしはピンホールを使って日蝕を見る道具を、その場で大まかに説明した。
ドロレス執政官は無言で、苦虫を嚙み潰したような顔をしたままだ。
一方のアポロニウスは興奮で勢い込んで言った。
「おお…確かに! 何といっても480年に一回の機会ですからね!」
『大ぴらに観察できる』と彼はにこにこしている。
「その発想はかなりトリッキーで面白いとは思うが…」
クイントス=ドルシラも渋い顔をしていた。
「レダの預言者殿、ひとつふたつ大事な事を忘れている。
まずそれを持ち込んで果たしてこの元老院で議論してもらえるか、また決議されるかだ」
そしてその後にドロレス執政官は重い口を開いた。
「元老院会議は無論の事、陛下が最終的にどう判断されるかも問題だぞ、レダの預言者よ」
「……」
わたしはドロレス執政官とクイントス=ドルシラの表情を見て、何も言えなくなってしまった。
(…確かにそうだわ)
ぱっとした思いつきで言ってしまったが、実行するとなれば大掛かりな計画になるだろう。
皆既日食を心底恐れる人達にただ観察道具を渡したところで、覗くわけがない。ただのおもちゃだ。
こんな道具を作っても、広く民衆に伝わらなければ意味が無い。
そのためにこの元老院の会議で議決される必要がある。
かつ帝国内でこの情報を共有されなければいけない。
わたしが言葉に詰まり立ち尽くしていると、両肩にポンと大きな手が載せられた。
「…日蝕をただの『現象』とするのなら、過度に重く受け止め過ぎない方がいいだろう。いや、それくらいの扱いにした方が返って不安に思わず良いかもしれないな」
その手はとても大きく温かく良く知った感触だ。
思わず振り返ってわたしは目を見開いた。
わたしの肩に手を置いていたのはニキアスだった。
「ドロレス執政官…民衆にとってもそれが混乱を招かない良い方法なら、元老院会議にかけてみる様に俺も提言したい」
お待たせしました。m(__)m
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