37 報告
カーラ――オクタヴィア=カタロンは皇宮の奴隷や下働き専用の出口からそっと出ると、早足で城下町への小道を下って行った。
(確か…彼らは元老院に出席すると言っていたわ)
ダナス副将軍は『預言者フィロンが太陽の光が消える』という神託を降ろし、それが『恐ろしい災いが起こる前兆である』と危惧されたと言っていた。
(メサダ神様が本当に仰った通りだったんだわ)
預言専門の第三委員会が何たるかは分からなかったが、フィロンと言う預言者が、メサダ神の告げた『太陽が消える現象』を同じ様に預言していたらしい。
(あの下働きの男に見つからなければ、もう少し潜んで有益な情報を取れたかもしれないのに…)
そう考えると悔しかったが、あのユリウスとかいう小癪な少年に変に勘繰られて、自分の正体がバレてしまうのは避けたかった。
(仕方がない)
でも少しは収穫があったから、きっとギデオンに喜んで貰えるに違いないわ。
カーラはいつの間にか自分が小走りになって、市場の人々の間を通り抜けている事に気づかなかった。
*******
カーラはスラムの様な細い路地を通り抜け、隠れ家のある半地下になっている階段を下りて扉を叩こうとした。
ノックする前に扉が開く。
そこにはアナラビが立っていた。
「随分遅かったじゃねえか」
心配したぜ、とカーラを見下ろすアナラビの顔には、彼女の身を案じる表情がはっきりと浮かんでいる。
「ごめんなさい。ちょっと中で下働きの男に呼び止められてしまって…」
カーラが建物の中に入って言い訳する様に説明を始めると、アナラビは途端に端整な顔を曇らせた。
「おい…気をつけろ。皇宮の中はこの場所とは違った意味でアブねえんだ。危なっかしい真似はマジでしてくれるな」
アナラビの言葉と表情に、カーラは少し嬉しさを覚えた。
(彼はわたしを大事に思っていてくれる)
カーラの見た目の華やかな美しさを使って情報収集しようとする時は必ず、忠告してくれるのだ。
「ヤバい事になる前にずらかれ」
危険だと気づいた時には、もう逃げられないと云った事態になる事が多いから、そうなる前に撤退しろという注意だった。
この間のダナス副将軍のテントへ連れて行かれた時にもそうだった。
その注意通り、眠くなる薬の入った酒を吞ませて早めにダナスの意識を失わせたのだ。
「分かっているわ。心配してくれてありがとう…ギデオン」
目の前のアナラビの印象的な口元の黒子に目を移し、カーラはそのままじっとアナラビの整った顔を見上げた。
(ギデオン…わたしの王子様)
「カーラ…どうかしたか?」
ギデオンの長い睫毛が珍しい赤みががった瞳に影を落とすのを、オクタヴィアをじっと見つめていた。
オクタヴィアはそっとギデオンの胸の辺りに片手を置いた。
ギデオンとオクタヴィア――見つめあう二人に、不自然な沈黙が落ちた。
「…タヴィア?…」
少し困惑気味に小さく呟いたギデオンに対し、カーラが思わず
「…キスして…」
と言葉に出しそうになった瞬間――。
「お戻りになりましたか、カーラ」
奥の部屋からタウロスが岩の様な巨体をのっそりと揺らしながら、アナラビのいる場所へ歩いて来たのだった。
*******
「何か良い情報はありましたか?」
カーラは皇宮内で立ち聞きした内容を細かく話し始めた。
タウロスとその他のアドステラ盗賊団の仲間の数人は丸いテーブルを囲み、カーラの報告を聞いていた。
「元老院だけで無く、第三委員会までが出てきたのは興味深いですな」
「皇宮内の預言者も『太陽が消える』現象を神託で知ったのか…」
「もう一度…カーラ、教えてくれ。なんて神だったけ」
「あまり聞かない名前ではあったな…」
「ええ…あまりポピュラーではないかも。『コダ神』よ」
カーラが盗賊団の仲間とタウロスへと報告する中、皆とは別な場所で腕組みをしながら聞いていたアナラビが、ぽつりと呟いた。
「…レダじゃねえのか」
カーラ、タウロス、そしてこの間のマヤ王女の件を知る者は一斉にアナラビに注目した。
「…あ?いや、だってマヤ王女はあの皇宮内にいるんだろ?…だから、さ」
『あの女も預言者だったろ?』
と皆の視線に気付いたアナラビは、慌ててモゴモゴと言い訳をした。
それを見た仲間のほとんどが呆れた様な視線をアナラビに送ったが、カーラだけは異なっていた。
キッと眦を上げ、アナラビを睨み上げたカーラは
「わたしの報告はこれだけ! 残念ねアナラビ…マヤ王女の情報が無くて!」
そう大声で言い捨てると、プリプリとしながら隠れ家の奥の私室へと足音を立てながら入って行った。
いきなり怒りをぶつけられたアナラビは、遠ざかるカーラの背中をぽかんとして見送った。
「何をいきなり怒っているんだ、あいつ…」
「デリカシーって言葉を知っているか?」
「アナラビ…お前はもう少し女心を分からなきゃなんねーよ」
「あーあ、かわいそ。マジでニブ過ぎる…」
小さく聞こえ始めた仲間の非難する様な言葉へ
「何だよ、オレ何か言ったか?王女は?って聞いただけじゃねえか」
アナラビが噛み付く様に反論するのを見たタウロスは、またそっとため息をついた。
「…アナラビ。先ほどメサダの神殿から連絡が来て『太陽が消える』日にちが判明しました」
タウロスは、アドステラ盗賊団の皆と言い合いを始めようとするアナラビへと、声をかけたのであった。
お待たせしました。m(__)m
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