28 潜入 ②
お待たせしました。
ダナス副将軍は、息子ユリウスと皇宮の白い廊下を歩いていた。
「そう言えば先日も緊急で元老院と評議会が召集されたらしい」
「らしいとは?父上とて元老院のメンバーの一人ではありませんか」
ユリウスは、そう背丈の変わらなくなって来た父親の顔を見た。
そっちを突っ込まれると思っていなかった副将軍は、何故かむにゃむにゃと言葉を濁した。
「…いや、ちょうどその時席を外していてな…」
「そうですか」
(どうせ愛人の元でも行ってサボっていたに違いない)
元老院――国の最高評議会員の集まりだというのに、程度の差こそあれ義会員の殆どが、金か酒か性(男女年齢問わない)の欲に忠実である。
(これでよく政治が保てているな)
とユリウスは思うが、権力だけは別物らしい。
皇帝ガウディとその親族が一強で実権を握っていて、アウロニア帝国の政治を回している様だ。
特に皇后の親族であるドロレス議員は最近執政官になり会議でもよく口を出す人物の一人でもある。
ユリウスは適当に頷いて父親に尋ねた。
「結局先日は何のための元老院召集だったのですか?」
「それが、大変な神託がされたらしくてな」
「大変な神託…ですか?」
(マヤ様からだろうか?)
「『レダ神』からのものですか?」
父親へ質問をしたユリウスの予測は外れた。
「いや――『コダ神』の預言者フィロンかららしいのだ」
父親はとても信じられないと頭を横に振りながら、
「なんでも…真昼間の『太陽の光が消え、空が闇に包まれる』らしい。恐ろしい災いが起こる前兆――とな」
と、小声でユリウスへ囁いた
「それでどうやら今日も前回に引き続き、預言専門の第三者委員会と元老院議員の皆がもう一度召集されたのだ」
**************
カーラは息を潜め、木立の中で物音を立てない様にそっと屈んだ。
目の前を歩くアウロニア皇軍『ティグリス』ダナス副将軍と、息子ユリウスに見つからない様にする為である。
話している内容ははっきりとは聞き取れなかったけれど『太陽の光が消える…』と言っていた様な気がする。
(メサダ神様のお告げの『皆既日食』とやら…かしら)
それにしても木立の隙間から見えるダナス親子は、とても満ち足りた生活をしている様に見えた。
高級な絹のトーガを無造作に巻いた身体に大きな宝石の指輪をいくつかつけたダナス副将軍は、いかにも羽振りが良さそうだった。
(この盗人達が…)
その姿を見て、いきなりメラメラと怒りが込み上げてくるのを感じる。
(本来ならば、わたしのギデオンがあの豪華な宮殿で暮らしていたはずなのに)
本来であれば。
本来であれば。
本来であれば。
本来であれば、わたしもあの宮殿の中でギデオン王子の寵愛を受けていたのかもしれないのに。
カーラは許せなかった。
現皇帝ガウディ=レオスやその義弟ニキアス将軍、前アウロニア国を裏切り反旗を翻した薄汚い元老院の貴族達。
もちろん、目の前を歩くダナス親子もその内の奴らだった。
**************
オクタヴィア=カタロンの父親は、前アウロニア国の元老院の有力な貴族の一人だった。
母親は前アウロニア国王妃の従妹であり、王妃とは実の姉妹の様に仲良しだった。
そして、その関係で母親に良く宮殿へ連れて来られたのだ。
オクタヴィアは花の咲き乱れる豪華な庭の美しい噴水の近くで、利発で活発な王子ギデオンに出会った。
そして彼と共に学び遊んだのだった。
幼い頃から負けん気の強いオクタヴィアとギデオン王子は時に喧嘩をしつつも仲の良い友達だったが、オクタヴィアには薄々分かっていた。
将来――自分は多分、彼の妃の一人になるだろうことを。
その日も宮殿から自分の邸宅へ帰ってきて、母とゆっくり夕食を摂りながら宮殿での一日を話しているところだった。
するとそこへ父親が非常に慌てた様子で宮殿から帰ってきた。
そして自分の妻と一人娘に言った。
「エウレナ、オクタヴィア。今直ぐにこの邸から出る準備をしなさい。もうアウロニア国の元老院は根底から腐っていて駄目だ。これからもっと政治は荒れるだろう。あの悪魔の様な若造が元老院を掌握して、王権まで脅かそうとしている…!」
父は訳が分からず事態に混乱する妻と娘を取り急ぎ馬車に乗せ、自分の親戚のいる郊外へと馬を走らせた。
着いた親戚の邸宅は自分が今までに住んでいたところより狭かった。
父の親戚は明らかに厄介そうに母と自分を見ている。
親戚の冷たい視線を受けながら、
(王子は大丈夫なのかしら?ちゃんとお別れが言えてないのに…)
幼心にも、オクタヴィアはギデオン王子が心配になった。
すると、夜半過ぎに父は母とオクタヴィアに言った。
「エウレナ、オクタヴィア。良く聞きなさい。今から私は元老院へ戻ろうと思う」
父の言葉にオクタヴィアと母は抗議の声を挙げた。
「ダメです!お父様…何故戻らなくちゃいけないのですか?」
危ないから止めてください、と縋りつく娘の手を優しく解き、父親は言った。
「今の王権を守る為だ。わずかでも私の一票が元老院の決定に必要であれば、議会に戻る必要があるのだよ」
涙目の娘に言い聞かせる様に、父はオクタヴィアを優しく抱きしめた。
「…大丈夫だ。我らのメサダ神はきっと王を見捨てやしない。輝く太陽は常に王とあるべきだから」
母とオクタヴィアは、ひとり元老院へ戻る父が乗る馬車を、夜空の下でずっと見送っていた。
あれから結局父には会えなかった。
その僅か数か月後、父を待つオクタヴィアにもたらされたのは悲報に他ならなかった。
王宮内でガウディ一派に因るクーデターが起こり、現王を弑逆し政権はあえなく転覆したのだ。
そして、わずか二十歳そこそこのガウディ=レオスが王位に就いたのだ。
お待たせしました。m(__)m
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