10 噓をつくな ④
(――何なんだ?)
何故こんなに自分へと頼る行動をするのだ?
ニキアスはマヤ王女の態度に困惑とイラつきを感じていた。
かつての神殿や婚約の際にあんなに自分を拒否をしていたではないか?
(もしや彼女は昔レダの神殿で会ったニキアスと今の自分と結びついていないのか?)
と一瞬考えたがそんな訳はない。
なぜなら神殿から数年後婚約をする際の顔合わせで、レダの神官が改めて成長したニキアスをマヤ王女に紹介していた時に気づいていたではないか。
「ああ、そうか。本当のお前は隣の田舎国の薄汚い私生児だったのね」
彼女がニキアスにそう言い捨て後ろを振り向く事無く部屋を退出したのを覚えている。
――「綺麗な顔をしているわね」
ニキアスが神殿で掃除をしている時などマヤは自分の姿を見つける度に甘い果物や練り菓子をくれた。
甘過ぎる練り菓子をニキアスは苦手だったが、それをくれた彼女の気持ちは嬉しかった。
そしてもっと嬉しかったのが、自分の使っている高級な文具や本を惜しみなく分けてくれた事だ。
今思い返せば(あれは動物に餌付けする感覚だったのだな)と思う。
しかしその時のニキアスにはまだそれが分からなかった。
少し我儘なところがあるけれど、蜂蜜色の美しい髪に海の様に碧い瞳のいい香りのする可愛らしい女の子が特別自分に優しくしてくれる。
ニキアスが自分でも気が付かない内に有頂天になっていたのかもしれない。
ニキアスとっての初恋の相手はとても残酷な少女だったのだ。
「ね…その布を取って見せて」
ニキアスの左目を隠す布についてマヤ王女は何度も言ってきた。
ニキアスはその度に上手く躱したつもりだったが、彼女はいい加減我慢出来なくなったのだろう。
ある日、ニキアスが神殿の階段に座り書物を読んでいると、何時もの様にマヤが練り菓子と果物を持ってきてニキアスの左側に座った。
自分が本を読んでいる時にマヤが隣に座る事はよくあった。
時折読めない文字をマヤに訊いていたニキアスは、彼女の行動を特に気に留めなかった。
だからニキアスは、彼女が書物に夢中になっている自分の顔の左側を覆う布に、そっと手を伸ばしていたのに気が付けなかったのだ。
いきなりぐっと布が引っ張られて、ニキアスの顔の左側が露わになった。
顔の造作は右と変わらないが、青黒っぽい痣が左の目の回りから額に掛け伸びていた。
マヤはその痣を見ると息を呑んでニキアスを思い切り突き飛ばした。
そして彼女は叫んだ。
「おぞましい!死の神ヴェガ神の呪いがかかっているわ!」
その言葉がただの言葉であったとしても、ニキアスにとっては致命的な死の宣告に等しい。
彼女がレダ神の言葉を伝える預言者であるが故に、レダの神殿での『預言者』の言葉の重さは絶対であったから。
ニキアスは顔を覆う布を引っ掴んでその場から走り去った。
その夜の内にレダの神殿を後にして、戦いの神『ドゥーガ神』の神殿に身を寄せる事にした。
そしてもう二度と金輪際彼女に会うつもりは無かった。
『アウロニア国』の王位を簒奪し『アウロニア帝国』と名乗った義兄上である新皇帝ガウディ陛下に命令されるまでは。
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義兄ガウディはアウロニアの王位を簒奪するや否や、軍隊を強化し始めた。
そして近隣諸国に軍隊を送り、弱小国から攻略し始めたのだった。
軍隊の整備と攻略を繰り返し瞬く間にアウロニア帝国を名乗って、自分を『王』から『皇帝』と位置付けた。
ニキアスが十六歳の時だった。
ドゥーガ神の元であらゆる戦いについて学んでいたニキアスをガウディ皇帝はアウロニアへ呼び戻した。
アウロニア帝国の軍隊の指揮を執らせる為、そしてニキアスを監視するのが目的だ。
ニキアスは大人しく戻らざるを得なかった。
戻らなければ、ニキアスが世話になったドゥーガ神の神殿の神官や信者を盾に取り、脅迫する事は想像に難しくない。
そしてガウディ皇帝はその時点ではまだ軍隊と国力がしっかりしていたゼピウス国との条約を結ぶため、第二王女マヤとニキアスとの婚約を画策した。
マヤ王女とニキアスは再度あのレダ神の神殿で顔を突き合わせる事になった。
前回の別れから既に六年の歳月が経過していた。
ニキアスは既にマヤ王女を知ってはいたが、マヤ王女はニキアスの顔を見るまであの時に酷い事を言った相手などすっかり忘れていたのだろう。
背の高い精悍かつ美青年になったニキアスはレダの神官に紹介され十四歳のマヤ王女の前に姿を現せた。
しかしニキアスを見るなり、彼女の顔色が真っ青になった。
「なんてこと…お前だったのね…。まさか王子だなんて、何故六年前にわたしに名乗らなかったの?」
そして怒りに声を震わせて言った。
「そうだったわ、お前は隣の田舎国の薄汚い私生児だったわね」
彼女は、振り向きもせず直ぐにその場を後にして立ち去って行った。
「絶対、結婚なんて御免よ。お前となど!」
おろおろする神官とニキアスに捨て台詞を残して。
お待たせしました。
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