22 動けないマンティス ②
*mantis (マンティス) mantide
男性名 ギリシャ語 カマキリ(一説によればバッタ、イナゴ)
前足が祈っている様に見える事から預言者を表す虫ともいわれている。
「…そんなにニキアスに似ていたか?」
一瞬見えた薄ら笑いをスッと消すと、陛下は掴んでいたわたしの顎から骨ばった手をゆっくりと離した。
皮膚が粟立ち動揺が隠せない。
(一体どういうつもりなの…?)
『マヤ、愛している…』
わたしはわなわなと震えていた。
自意識過剰と言われても、さっきのドロレスの『愛人云々』の件りが一瞬、頭を掠めていく。
陛下は小首を傾げると整った顎鬚に触れながら、光の無い瞳でわたしを見ていた。
「お前が下ばかりを向いていたから揶揄っただけだ。それ以上他意はない」
「??…か、から?…陛下がですか?」
(あの恐怖の皇帝ガウディが?)
(無表情で何を考えているか分からない陛下が?)
「お前のつむじしか余は見えないからな」
わたしの頭の上を見てからそう言うと、陛下はまたスタスタと廊下を歩き始めた。
心なしかさき程より足の運びがゆっくりな気もする。
けれどやはりわたしは速足になりながら、やっと陛下の横に追いつくことができた。
「も、申し訳ありません。とてもお声が似ていらっしゃったので…あの、驚いてしまいました」
「一応兄弟だからな――向こうがどう思っているかは知らんが」
「それは、もちろん…レオス将軍様も陛下を大事なご兄弟…兄上様と考えていらっしゃるでしょう」
返答に困ったわたしが口ごもりながら当たり障りのない言葉で返すと、陛下はまたピタリと足を止めてわたしを自分の肩越しに見下ろした。
「――どうかな?本当に大事だと思うなら、なぜ余の元から逃げ出したと思う?」
「そ……それは…。す、すみません…わ、分かりません」
「分らんか、まあそれでよい。もう昔の事だ」
陛下は真っ直ぐ前を向いたまま、わたしの言葉はほとんど聞いていない様にも見えた。
本当にどうでも良いと思っている口調だった。
「…しかし、今ひとつレダの預言者に問いておきたいのだが」
そうして陛下は、また無機質な真っ黒い瞳でわたしを見下ろした。
「お前にとって『預言者』とは何だ?…『神託』とは何だ?」
何だか改めて、わたしは陛下から質問されている様な感じを受けた。
********
いきなり脈絡の無い『預言者の立場』について問われ、わたしは一瞬訳が分からなくなった。
おもわず、オウム返しのように陛下に問い返してしまった。
「よ、『預言』…ですか?」
「そうだ」
「『預言者』は神の言葉…神託の代弁者です」
「そんな事は分かっている。当たり障りのない答えはいらん。では聞くが…お前にとって神とは何だ?」
「え…!?」
(神とはって…何?)
おかしな事だけど、わたしは自分に加護を頂き『神託』を降ろす女神レダ様は、声しか聞いた事がない。
その御姿を見たことがないのだ。
でも、神様に実際(?)会った事はある。
白髪白髭の優しいお爺さんの様な『ヴェガ神』だけれど。
世の中で言われている様な――死と災害や事故を司る、終りの者と恐ろしい名で伝えられているとは思えない様な仙人風の穏やかな御方だった。
神様の庵で手ずからお茶を淹れて戴くという、夢の中の様な出来事ではあったけれど貴重な体験をさせていただいたのだ。
(けれど、訊かれているのは多分そういう事じゃないんだわ)
わたしは陛下の顔をじっと見上げて考えた。
ここは何て答えるべきなんだろう。
『亡国の皇子』の小説の様なお手本が無い今は、自分で考えるしかなかった。
わたしは彼女の人生を思い返し、本当のマヤ王女になったつもりで想像した。
すると何故か思いもかけない程、スムーズに言葉が出てきたのだった。
*****
「王女の立場だったわたくし自身は…不遜だと思われるかもしれませんが、神のお言葉が聞けなくても良かったのではないかと思っております」
「…ほう」
ガウディ皇帝は面白そうに鼻を鳴らした。
わたしは自分から出る言葉に驚きながらも、心の奥底では妙に納得している事に気付いた。
「それは何故だ?皆、預言者と言われる者の類まれなる能力をありがたがるのだぞ?――ドゥーガ神のバアル然り。あの男娼同然のコダ神のフィロンですら生活に必要と言い切るのだがな」
わたしは陛下の顔を見上げた。
「有り難いと思う理由は人によってさまざまでございましょう」
バアル様にもフィロンにも拠り所になる理由はあるのだ。
多分だけれど。
(けれどわたしは、自身が預言者でいることに多分…それ程多くの喜びを感じてはいなかった)
「わたくしは幼い頃から『レダ神の預言者』であり殆どの月日を神殿で過ごしました。
それから…ずっと神殿で実際にはお見掛けした事のないレダ様の御神託を伝え続けました。
それが、真に国の為になると思っていたからです。
けれど本当は…」
ここからは今までの自分を否定する様でとても辛かったが、何とか重苦しくなる口を開き、言葉を紡ぎ出した。
「わたくしが感じていたこと…それは、…それは『わたくしの存在意義とは一体何だったのか?ゼピウス国の不幸を言葉を喋るだけの忌まわしい存在だったのではないか?』という怖れです」
淡く育ててきたニキアスへの思慕も捨て去り、レダ神からの警告を伝え続けても、次々と不幸な預言は成就されて何ら未来は変わらない。
いつもいつも同じ様に繰り返される光景を。
その結末を――わたしはいつも眺めているだけ。
(…あの時も)
幽閉された塔の上で燃え落ちるゼピウス王国の宮殿を見ながら、その国と人々の断末魔を聞いた。
アウロニア帝国と国王である父王と、そして預言者であるわたしを罵り呪う言葉と悲鳴。
『わたしとは何なのだ?一体何の為に…ここにいるのか』
わたしを凄まじい無力感と目が眩むほどの怒り、そして悲しみが襲った。
(あの瞬間に)
ニキアスへの気持ちだけを抱いたまま――。
『ゼピウス王国預言者マヤ王女』は存在をする事を止めた。
お待たせしました。m(__)m
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