9 嘘をつくな ③
わたしはニキアスの馬に乗って、ハルケ山に向かっていた。
しばらく降っていた雨は一度止んで、曇天が広がっている。
「早馬であれば多分二日かからず山の麓へは着く。そこからその場所までどれぐらいかかるんだ?」
ニキアスに訊かれたけれど、正直どのくらいでその『兆し』が見つかるか分からない。
「分かりません…でも見つけられるように頑張ります」
わたしはニキアスに正直に伝えた。
山奥でないと分からないかもしれないし、以外に山道沿いでその『兆し』がすぐ見つかるかもしれない。
この辺りでは今月に入り、二日前までずっと雨が降り続いている。
今もまた一雨来そうな空模様になってきているから兆しが見つかる可能性が高いのも事実だ。
(…それよりも)
わたしはこみ上げる気持ち悪さを、涙目でぐっと堪えていた。
馬は公道らしき所を走ってはいるけど、整備された現代の道とは全く違うデコボコ道で、上下動が激しい。
ニキアスに腰を支えてもらったはいいが、上半身の揺れと安定感の無さは半端ない。
(うっ…気持ち悪いっ…)
思わす口許を手で押さえたその時だった。
「…あっ…!」
道の石を避けようと馬が少しその躰を傾けた瞬間、わたしは地面へと振り落とされそうになった。
――が、落ちなかった。
ニキアスが身体をしっかりと抱き止めてくれたからだった。
「あ、ありがとうございます…」
(怖っ…落ちるかと思った…)
わたしは背中のニキアスを見上げて言った。
ニキアスからは何の返答も無く、ただ馬を駆り続けているだけだった。
******************
日が暮れる前に一度街道沿いの簡易宿に泊まる事にした様だ。
黒い仮面のままでは、怪しさが増すしニキアス将軍と直ぐバレてしまう可能性がある。
ニキアスは手早く仮面を外し左半分の顔を布の覆いだけにして馬を降りた。
そのまま自分とマヤ王女の右手に繋いでいた拘束具を外すと彼女に言った。
「下手な真似をしたら斬る。騒いでも同じだ」
「そんな事…誓ってしません」
マヤは大きく目を見開きショックを受けた様に小さな声で言った。
(どうにも調子が狂う。もっと…猛々しい娘だったはずだが)
ニキアスがマヤ王女の馬から降りるのに手を貸すと
「すみません。ありがとうございます」
礼儀正しく言って馬から降りるや否や、今度は左右に身体を揺らして立たずんでいる。
「おい…フラフラしているぞ」
「ごめんなさい。なんだか酔っちゃったみたいで気持ちが悪い…」
マヤは本当に気分が悪そうに青ざめた顔色でニキアスへと伝えた。
ニキアスはため息をつくと、乗って来た馬を宿専用の小屋へ連れて行く間ふらふらと歩くマヤに手を貸して歩いた。
そして厩舎の入口付近で彼女へ「ここで待っている様に」と伝えた。
(あの様子では逃げ出す所の話ではないだろう)
厩舎では旅人が何人か列をつくって馬を預けるのを待っていた。
時間が掛かったが、ニキアスは厩舎の係の者に馬を預けて少し路銀を握らせた。
「へい、きちんとお世話させていただきまさぁ」
係の男は手を擦り合わせた。
馬をきちんと預けたのを確認してから、ニキアスが厩舎入口方向へ戻るとマヤ王女が旅の男と何か言い合いになっている。
ニキアスはため息をついた。
(早速面倒なことを起こしたな)
「あの、だからわたくし…行けません!…ここで待つようにと言われているんです」
マヤ王女の甲高い声が聞こえた。
「こんな所で女一人でいるのがオカシイじゃねえかって話なんだよ!…さてはお前本当は逃亡奴隷だな?大方逃げ出したか何かだろう…オレの所でかくまってやるからこっちへ来いよ」
男の声は粘ちっこく強引にでもマヤ王女を連れて行こうとしている様だった。
(なる程…そういう事か)
ニキアスはすぐに状況を納得した。
どうやら女性一人で暫く待っていたのが不審に思われたらしい。
マヤへ声を掛け連れて行こうとしているのは、旅人風だがゼピウス国の男だろう。
(彼女が自分が王女だと言い出す前に、何とかしなければ)
ニキアスは自分より背の低いゼピウス国の男に近づくと自分より背の低い男を見下ろした。
「――おい、その女に触るな」
マヤはニキアスの顔を確認すると、ほっとした様に息をついた。
自分を見るなりマヤ王女が明らかに安堵したの見て、ニキアスは何故かイライラする気持ちがこみ上げたのだった。
お待たせしました。
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