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バレンタインデーの標準チョコレート

作者: ウォーカー

 これは、もうすぐバレンタインデーを控えた、ある男子生徒の話。


 2月14日、バレンタインデー。

この日は、お菓子会社が仕掛けた宣伝によって、

意中の相手やお世話になった相手に、

チョコレートを贈って想いを伝える日として定着していた。

お世話になった相手に贈る物は、簡易的な義理チョコ。

そして、意中の相手に贈る物は、本命チョコ。

そんな二種類のチョコレートのどちらを貰えるかで、

人は一喜一憂させられていた。


 その男子生徒は、学校の生徒会の副会長を務めている。

2月になったばかりのある日。

生徒会主催の会議である学級会で、

バレンタインデーに関する議題が持ち上がった。

内容は以下の通り。


この学校では、バレンタインデーに、

女子生徒が男子生徒にチョコレートを贈る事が習慣になっている。

しかし、その贈り物であるチョコレート選びが、年々過熱しているという。

チョコレートで想いを伝えよう。

想いを込めるチョコレートは、高級な物の方が良い。

市販品ならば、できるかぎり高価なチョコレートを。

手作りならば、なるべく高級な材料を使い、手間暇かけて。

そんなお菓子会社の宣伝の影響のせいか、

特に本命チョコを選ぶ際に、

用意する女子生徒達の負担が重くなっているらしい。

高価な市販品のチョコレートを買ってお小遣いを使い果たしてしまったり、

手作りチョコレートを作る練習をしていて、学業が疎かになってしまったり、

極端な例になると、盗みを働く生徒まで出るような状況だという。


このままでは重大な事態になりかねない。

そうなる前に何かを手を打てないか、

学級会で話し合われることになったのだった。


 その日、学校の生徒会室に、生徒会の生徒達が集まって、

バレンタインデーのチョコレート選びについての学級会が行われようとしていた。

生徒会副会長であるその男子生徒が司会進行役となり、

起立して説明をし始めたところだった。

「というわけで、バレンタインデーのチョコ選びが問題になってます。

 年々、用意するためのお金や手間が増えているんだとか。

 みんな、何か解決法はありませんか。」

その男子生徒が出席者の生徒達を見渡す。

すると、ぽつりぽつりと発言する生徒が現れ始めた。

「バレンタインデーの問題って、あれだろ?

 バレンタインチョコには、なるべく金や手間をかけた方が良いって話。

 テレビで宣伝してるのを見たことがあるよ。」

「あたしも見たことある。

 ああいう風に言われちゃうと、従わざるを得ないのよね。

 お金や手間をかけないと失礼みたいになっちゃうから。」

「そうなのか?

 俺は貰ったチョコの値段なんて気にしないぞ。

 込められている気持ちの方が大事だからな。

 逆に、あまりに高価なものを貰っても恐縮するよ。」

「そういう問題じゃないのよ。

 みんなが高価なチョコを用意してるのに、

 自分だけ安物ってわけにはいかないわ。

 心が込められてないって受け取られるかもしれないから。」

「うちの学校は、学校内でお互いに付き合う生徒が多いからな。

 それでバレンタインチョコが問題になりやすいってこともあるんだろう。」

「・・・僕は義理チョコしか貰ったことがないけどね。」

その男子生徒の小さな声は、誰の耳にも届かなかったようだ。

何事も無かったかのように学級会は進行していく。

「とにかく、高価なチョコを用意する競争になるのは良くないな。」

「そうね。

 バレンタインチョコ選びが行き過ぎないように、

 何かしらのルールが欲しいところね。」

議論がそこまで進んだところで、

椅子に座っていた眼鏡の女子生徒が立ち上がった。

その人こそ、この議題の提案者でもある、

生徒会長である女子生徒、その人だった。

生徒会長の女子生徒は、眼鏡に手を当てて口を開いた。

「バレンタインデーのチョコ選びにルールが必要、というわけね。

 では、標準チョコレートを導入するのはどうかしら。」

「標準チョコレート?」

聞いたことがない言葉に、

学級会に出席している生徒達が顔を見合わせる。

生徒会長の女子生徒は、よどみなく自信満々に説明を続けた。

「そう、標準チョコレートよ。

 バレンタインチョコ選びが過熱するのは、

 各々の生徒がバラバラにチョコを選ぶのが原因だと思うの。

 みんなが同じチョコを用意するのなら、

 差が無くなるから問題も無くなるんじゃないかしら。

 つまり、みんなで同じチョコレートを買えば良いのよ。

 それが即ち、標準チョコレートなの。

 バレンタインデーに贈るのは、その標準チョコレートだけ。

 他の物はバレンタインデーの贈り物としては一切許可しない。

 バレンタインチョコは気持ちの問題なのだから、

 チョコレート自体は何であっても関係ないのよね?

 だったら、みんなで同じチョコレートにしても問題はないはずよ。」

みんなで同じバレンタインチョコを、と言われて生徒達は考え込む。

バレンタインデーのチョコレート選びといえば、

贈る相手のことを考えて用意するのが楽しい半面、

高価な物でなくとも、金銭的にも手間の問題でも負担は小さくない。

みんなが同じ標準チョコレートを用意することにすれば、

金や手間に煩わされることがなく、

本命の相手に想いを伝えることに集中できるだろうか。

見返りが期待できるのなら、厳しい制限を受け入れても良いかもしれない。

バレンタインチョコを巡る競争に疲れていた生徒達は、

楽しさよりも負担の方を大きく感じるようになっていたようだ。

そうして生徒達が一人また一人と挙手して賛同の意を表明していく。

学級会に出席している生徒達がおおむね賛同したのを確認して、

生徒会長の女子生徒が頷いて返した。

「賛成者多数。では決まりね。

 今年のバレンタインデー、

 うちの学校は、標準チョコレートを指定して、

 みんながその同じ標準チョコレートだけを贈り物として用意することにする。

 標準チョコレートとして指定するのは、学校の購買部のチョコで良いと思うの。

 安価だし、たくさん用意できるから。

 必要なチョコの数は、後で私が調べて発注するわ。

 副会長も、それいい?」

最後に、生徒会長の女子生徒は、副会長のその男子生徒に尋ねた。

その男子生徒が標準チョコレートの話に賛成も反対もしなかったことを、

生徒会長の女子生徒に見透かされていたようだ。

その男子生徒は咄嗟に口籠る。

実はその男子生徒はバレンタインデーが好きではない。

毎年、義理チョコしか貰えない自分にとっては、

バレンタインデーなど居心地が悪いだけのもの。

本音を言えば、バレンタインデーそのものを禁止にしてしまいたいくらい。

しかし、生徒達にはバレンタインデーを心待ちにしている者も多く、

全面禁止にしようとは言い出せなかった。

それならば、せめて標準チョコレートを導入すれば、

バレンタインデーを静かに過ごせるようになるだろうか。

標準チョコレートを導入すれば、

本命チョコと義理チョコの差は少なくとも外見上はなくなる。

そうすれば、義理チョコしか貰えない惨めさも少しは軽くなるかも知れない。

そんな密かな下心のもと、

その男子生徒も標準チョコレートに賛成するのだった。

そうして、その男子生徒が通う学校では、

生徒がバレンタインデーに同じチョコレートを贈るために、

標準チョコレートというものが指定されることになった。


 バレンタインデーに贈るための標準チョコレートが指定されて、

その学校の生徒達は、バレンタインチョコ選びに煩わされることは無くなった。

バレンタインデーの贈り物にできる物品が標準チョコレートのみということは、

つまりメッセージカードの類も禁止ということなので、

物としては何も用意できない。

標準チョコレートには、義理チョコも本命チョコも違いがないので、

一律に同じ標準チョコレートを用意すればいいだけ。

その結果、

来たるべきバレンタインデーに、誰にどんな想いを伝えるのか、

言葉のみ用意することに集中できるようになったのだった。

そうして十日間ほどが経過して、

いよいよバレンタインデー本番を迎えようとしていた。


 2月14日、バレンタインデー当日。

その男子生徒が通う学校では、

事前の取り決め通り、皆が同じ標準チョコレートだけを用意していた。

標準チョコレートには、義理チョコも本命チョコも外見上の違いは無い。

義理チョコは教室に置きっぱなしで誰でも貰うことができたので、

誰もが標準チョコレートを持っている状態。

誰が本命チョコを貰えて、誰が貰えてないのか、一見して区別は付きにくい。

その男子生徒の様に義理チョコしか貰えていない生徒でも目立たずに済む。

また、標準チョコレートを用意したことで、

チョコレートを贈る側は、

高価なチョコレートを用意するために金銭面で無理をする必要も、

手の込んだチョコレートを作るために時間や手間を使うこともなくなった。

バレンタインデーの標準チョコレートを用意した目論見は大当たり。

提案者である生徒会長の女子生徒は満足そうな表情。

しかし、副会長であるその男子生徒は逆に渋い顔をしていた。

その理由とは。

「どいつもこいつも、学校でベタベタするなぁ!」

その男子生徒は精一杯の小声でそう叫んだ。

教室の中では、そこかしこで男女生徒達が仲睦まじくしていた。

それもそのはず、

バレンタインデーに物品を贈って想いを伝えることを制限された生徒達は、

物ではなく、言葉やあるいは身体的な接触をもって、

想いを伝えるようになったからだった。

物品を贈ることを厳しく制限されることを受け入れた生徒達は、

それ以外ならば何をしても問題にされにくいだろう、

と考えるようになったようだ。

男女生徒達は周りもはばからず、

お互いに身を寄せ合って想いをささやき合っていた。

肩に手をまわしたり、腰を取ったり、顔を寄せ合ったり。

教室はまるでカップルでいっぱいのデートスポットのような、

どこか如何いかがわしい空気に包まれていた。

目論見が外れて、その男子生徒は机に突っ伏して頭を抱えた。

「なんてこった。

 標準チョコレート以外のバレンタインチョコを禁止にすれば、

 みんな学校でイチャイチャするのを止めると思ったのに。

 実際には、余計にベタベタとくっつくようになってしまった。

 全く、教室に居辛くて仕方がない。

 それにこれじゃあ、みんなと同じ標準チョコレートを持っていても、

 僕が誰からも本命チョコを貰っていないのが丸わかりじゃないか。」

バレンタインデーに標準チョコレートを用意することで、

本命チョコと義理チョコの違いを分かりにくくして、

義理チョコしか貰えていない自分が目立つのを防ぐことができるはず。

上手くいけば、カップルである男女生徒達が、

学校でベタベタするのを防げるかもしれない。

その男子生徒のそんな浅はかな下心は、脆くも崩れ去ったのだった。


 バレンタインデーの学校は、想いを囁き合う男女生徒達でいっぱいだった。

こうなってはもう学校中に広がったこの甘い空気を消し去ることはできない。

早く次の授業が始まって、今日の学校が終わるのを待つしかない。

机に突っ伏して頭を抱え、悲壮な決意をするその男子生徒の眼前に、

そっと手が差し伸べられた。

差し伸べられた手の主は、生徒会長の女子生徒。

生徒会長の女子生徒は、顔はそっぽを向いて、

手だけをその男子生徒の前に差し出していた。

そんな様子に、その男子生徒は怪訝な表情で尋ねる。

「・・・何だよ。僕に何か用?」

「これ、もう一つあったから。」

言われてその男子生徒は目の焦点を合わせる。

机に突っ伏した顔の鼻先に、生徒会長の女子生徒が差し出していた物。

それは、あの標準チョコレート。

飾り気も素っ気も無い標準チョコレートが、眼前に置かれたのだった。

その男子生徒は机に突っ伏したまま、

顔だけを生徒会長の女子生徒へ向けて言った。

「今年の分の義理チョコだったらもうあるよ。

 義理チョコ配布用に置いてあったのを貰ったから。」

「・・・もう一つあったのよ。あなたにあげる。」

そう応える生徒会長の女子生徒の顔はそっぽを向いたまま。

そんな様子なものだから、その男子生徒も面倒臭そうに応えるのだった。

「なんだ、余った標準チョコレートか。

 数え間違えるなんて、マメな生徒会長にしては珍しいな。

 でも、義理チョコがいくつあったって本命チョコには敵わないよ。

 あーあ、こんなことだったら、いっそ今日は欠席するんだった。

 こんなカップルだらけの学校で授業なんて、

 僕には耐えられそうもないよ。」

頭を抱えて嫌々をするその男子生徒は、

傍らに立つ生徒会長の女子生徒が、どんな表情で自分を見つめているのか、

その時は全く想像もしなかったのだった。



終わり。


 バレンタインデー当日なので、

バレンタインデーとバレンタインチョコがテーマです。


毎年バレンタインチョコを用意するのは大変だろうと思い、

その手間や金銭面の負担を軽減する、

標準チョコレートというものを考えてみました。


作中で標準チョコレートには数々の人の思惑が込められていました。

生徒達は、

チョコレートを用意する負担を軽減したい、

標準チョコレートを受け入れる代わりに他は自由にさせて欲しいという思惑。

生徒会副会長の男子生徒は、

義理チョコしか貰えない自分が悪目立ちしたくない、

学校の中で男女生徒達にイチャイチャして欲しくないという思惑。

そして他にも、

本命チョコを意中の人に目立たず渡したい、

という思惑を持った人がいたのでした。


お読み頂きありがとうございました。


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