一 赤い羽と黒い瞳の紅鳥
「美人でもない。魔法も使えない。
まるで紅鳥ね。そのへんにいくらでもいる、価値のない鳥。
いつまでブラッドの婚約者気取りでいるの?」
婚約者ブラッドの卒業式に彼の両親と一緒に参加したルビーは、式のあとのパーティで、真っ黒な髪を輝かせ真っ赤な口紅を塗った女性に声をかけられた。彼女は魔法学校の卒業生を表すローブを着ていた。
彼女に付き添うように一緒にいた他の女性たちもローブを着ていて、彼女に同意するように頷いたり小声で話したりしている。
ローブで隠し切れない華やかな服装と賑やかな会話で、会場で目立っていたグループだ。
その女性の言葉に、ルビーは頭を殴られたような気がした。
『君は紅鳥だね』
六年も前のブラッドの声が、ルビーの頭の中で冷たく響いた。
取り柄もない平凡な紅鳥のわたしは、輝かしい未来が開けたブラッドの横に並ぶ価値がない。
これ以上聞きたくないと考えたルビーは、その女性のもとから立ち去ろうと後ろを向いた。
「ルビー」
眉をしかめ目をギラギラとさせたブラッドが、ルビーたちを囲んだ野次馬の後ろにいた。
その表情を、ルビーは知っている。怒りだ。
十二歳から六年間婚約者でいたのだ。ここ数年はほとんど会えなかったとしても。
普段は冷静なブラッドが、その表情を向け厳しい言葉を発していたのを、彼女は何度か見かけていた。怒りを向けられた人は、たとえいい歳の大人であろうとも彼の前に凍りつく。
今度はわたしがあなたの怒りの対象になるのね。
平凡なわたしは、とうとう婚約解消されてしまうのかしら。
その場からすぐに離れてしまいたいという気持ちをルビーは押し殺し、ブラッドの視線を受け止めようと、歩み寄ってくる彼と向き合った。
* * *
時は遡る。ルビーとブラッドがまだ小さな子どもだった頃。
公園を母と散策していたルビーは、目の前を飛び跳ねる紅鳥を見つけた。彼女は、自分の髪と同じようなふわふわとした赤い羽を広げてちょんちょんとはねる動作に、目を奪われた。
「かあさま、あかいとり」
「紅鳥ね」
「べにどり。かわいいね」
「かわいいわね」
ルビーはしゃがんで、そっと紅鳥を眺めていた。その後ろにいた母も、動かず声をひそめていた。
そこを二人の女性が大きな声で話しながら通りかかった。
紅鳥が、飛び去った。
「あっ」
ルビーが声をあげた。
飛び去る紅鳥を、女性たちは見上げた。
「あら、紅鳥」
「そうね」
「あんなつまんない鳥を見て、何がおもしろいのかしらね」
そう言った女性は、ちらりとルビーに視線を向けた。
「さあ。どこにでもいる平凡な鳥なのにね」
その二人は歩みを止めることなく離れていった。
その人たちが通り過ぎたあと、ルビーは紅鳥が飛び去った空を見上げてから、母を見た。
「かあさま、べにどり」
「いっちゃったね」
母は優しく慰めるように、ルビーの頭を撫でた。
「かあさま、へいぼんって、なに?」
「そうねぇ、紅鳥はここに来ればときどき会えるでしょう。そういうことよ」
「ふぅん」
そのときは理解できなかったが、その二人の女性が言っていた『紅鳥はつまらない。おもしろくない。平凡』という言葉は、ルビーの記憶の底に残った。
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ほのぼのカップルの新連載です。
朝と夜、毎日2回更新予定。
ハッピーエンド目指して、突っ走ります。
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