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4 盟約


 さらに多くの夏が巡った。

 カリアードは老年の域に達し、自分の子や孫に(おの)が玉座を譲るほどの歳になった。

 そうだ。

 カリアードは玉座に座った。若き日より数十年の歳月をかけ、長年つづいてきた「魔族」との戦いを終焉せしめ、この地に平和と安寧をもたらした王として。

 分裂していた国々は彼のもとに統合されることになり、彼は遂に国民(くにたみ)から「賢王カリアード」と称される存在になった。


 その間に、我らとかれらの間には固い盟約が結ばれた。

 (いわ)く、

『人の世界と大地の世界とは、在所の分限を厳しく定むる。なん(ぴと)たりとも、先方の許諾なくこの分限を侵すべからず』。

『以降永続的に、両者のいかなる騒乱、いかなる戦をも避くるものとす』。

『大地の分限内にあっては、大地の民らは自由を謳歌す』。

『人の分限内にあっては、人はその自由を謳歌す』。

『平和裏の互いの交流・交易については、これを未来永劫許諾するものとす』──。


 「大地の民」とは、これまでの「魔族」や「魔物」といった呼称に代わる、我らを呼ぶための名称である。「魔」という文字には「忌むべきもの」という含意(がんい)があるゆえだ。代わりに「大地」が入ることで、より実態に近いものとなり、我はこの呼び名をいたく気に入った。

 賢王カリアードは「以降、いかなる理由があろうとも大地の民を貶めることを禁ず」との法令を制定し、犯した場合の罰則を重くして、人の分限全土にあまねく知らしめた。


──とは申せ。


 と、我は思う。

 人の心とは、いかにも弱きものである。

 そしてうつろいやすきものだ。

 これまで数千年の彼らの歴史を(かんが)みるに、法があるからといって人の心がすぐにも変容するなどということはなかった。

 だれかがだれかを(おとし)め、差別し、見下して忌み嫌う。そうした心の(うち)の動きについて、法はさほどの効力を持たぬからだ。


──だが。


 とも、我は思う。

 愛する者の命を喪わしめた者を心(ひろ)く許し、さらに我らと固い盟約を結び、この世界を平和裏にもとの状態に近づけしめようとするカリアードの人生を賭した試みに否やを述べるつもりはない。

 我はかのかわゆらしき人間の想いと、願いとを(とうと)びたく思う。

 いずれまた数千年の時が過ぎ、我らと彼らの盟約が忘れ去られる日が来ようとも。

 その時はまたその時だ。

 その時にはまた、この地に別のカリアードが生まれて来よう。

 その時、我にまだ命があるなら、そのカリアードとまた再び盟約を結べばよいことである。


 我はゆっくりと目を上げた。

 大地の民らがそれぞれの家を作り、自分たちの畑を耕す声がする中で。

 森の木々はさわさわと、いつに変わらぬ風の存在を教えてくれる。頭上ではあの炎の星が、きらきらとまばゆい光を投げおろしている。

 我はいま、最初に在所としていたとある鉱山の中心にいる。今ではあらゆる鉱物が掘り尽くされ、人間にとっては意味のない迷路のごとき洞穴があいているばかりの場所である。我らはそこを、少しずつ我らの分限として整備しているところなのだ。

 我がこの場所に戻ったことで、理性をなくしていた同胞たちが少しずつ知的な光を取り戻し、合流してくるようになった。それに伴い、無差別に人間の村々を襲うような個体の数は激減してきている。

 今では大地の民らによる「捕獲隊」が派遣され、遠方の地でまだ狂暴な夢に囚われている我が同胞たちを連れ戻す作業に従事してくれている。


《帝王さま》


 静かな声が耳に響いて、我はふと視線を向けた。

 緑の木々の間から、あの人間の女の姿の「仲介者」が顔を見せていた。

 彼女がここへ来るのは、実に何十年ぶりかのことだった。

 そして我はその時点で、彼女の来訪の理由をすでに知っていた。


《カリアードか。……旅立ったのか》

《はい》


 言葉すくなに答えた彼女の顔には、なんとも知れぬ寂しさが漂っていた。

 人の命はまことに短い。

 どんなに高い理想、気高(けだか)き人格が備わっていようとも、いつかはその命を散らし、大地のもとへと(かえ)ってゆく。そうして円環してゆく運命からは、人も我らも逃れられぬのだ。


《最後にひと言、帝王さまにと、(ことづ)けを預かって参りました》


 我は黙ってうなずき、続く言葉を待った。


『まことにありがとう存じました。この命のあるうちに賢者たるあなた様にお会いでき、多くの教えを乞うこと(かな)い、道を知ることができ申した。幸甚の極みにございました』──。


 我は静かに目を閉じた。

 そうして、ゆらゆらと大気に溶け、この大地へと還ってゆく賢王カリアードの御霊(みたま)をそっと見送った。



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