茶会のグルメ、ステンレン公爵家サロンにて
お茶会当日、ステンレン公爵家のサロン。
「本日はお招き頂き有難うございます。ロゼート様」
「急な招待でごめんなさいね。参加してくれてありがとう。今日は親しい者しか呼んでませんので気楽にしてくださいね」
サウティナの挨拶に歓迎の笑みで迎えるロゼート。
(さすがはステンレン公爵家。急ということはお茶会そのものが急ぎだったのかもしれないけど、そうは思えない質の高さね)
サウティナは出された紅茶とお菓子に舌鼓を打つ。
(それに何度か招かれたけど、今回は気合の入りが違う気がする。親しい者と言っていたけど改めて家の力を見せて結束を束ねる意味合いがあるのかもしれないわ)
ロゼートとご令嬢達の会話を耳に入れながらお菓子を堪能するサウティナ。
「そうえいばロゼート様、帝国とスーラス辺境伯の件はどうなりまして?」
「……お兄様のお話では共同戦線を張っているディーレン国からの支援の話はあったそうよ。しばらくはこのまま睨み合いだと思うわ」
「そうなのですか、戦争にならないと良いのですが」
「……そうね。でも、不安になる話よりせっかくのお茶会だから楽しみましょう? そろそろあれを持ってきて」
侍女が持ってきたお菓子に皆視線が集まる。
「ロゼート様。あの、これは?」
「さぁまずは食べてみて」
ロゼートが食べたのを真似しながらサウティナも食べようとする。
(随分と光沢が。それなのにスプーンが通りやすいほど柔らかい。香りは以前食べたバニラアイスに近いかしら)
口の中に運んだそれは、熱に包まれるとあっという間に溶けるように喉へと消えていく。
(口当たりもいい。ほのかに残る甘みも爽やかな味わい、ついもう一口とスプーンを運んでしまう。この食べ物は……いったい何なの)
「ふふっ。良かったわ、みんな夢中ね」
「はい、とても美味しいです。これもロゼート様が?」
淑女としてははしたないかもしれない、ギリギリのラインで食べていたご令嬢たちはロゼートの言葉で、少し恥ずかしげにし尋ねる。
(全てを優しく包み込み、そっと抱きしめてくれる。繊細で触れると居なくなってしまう。もう少し、もう少しだけ、触れていたい。そんな窓辺のご令嬢のようなお菓子に、紅茶もどうぞと言われるままに飲みまたご令嬢と向き合う。美味しい、止まらないわ)
サウティナだけはギリギリ超えたラインのペースで食べ続けていた。
それを見たロゼートは自然と顔を綻ばせる。
「それはムースプリンというのよ」
(ムースプリン、なんて魔性。うちが少しお金のない伯爵家でよかった。これは自重できるものではないわ)
「本当にサウティナさんは美味しそうに食べるわね、用意した甲斐があって嬉しいわ」
ロゼートの言葉に黙々と食べるサウティナはチラリとそちらを見てまた食べ始める。
本来なら無礼なそれを咎めるものがいないのは、ロゼートがそれをよしとしている空気と、それを許容できるほど親しい関係の者達が集まっていること、そしてイベリス姫と呼ばれる所以でもあった。
イベリス姫に見染めらた物や人物は、良くも悪くも有名になる。
そしてその鑑識眼のお眼鏡に叶うものをと、サウティナをお茶会や夜会に呼ぶものが多くいる。
(仮にこれを作ろうと思っても、この絶妙な口に広がる甘さと後味のバランスは相当な技術がいるはず。ここでしかこの質を食べれないなら、太る心配はない。大丈夫、大丈夫だ)
サウティナは全て食べ終え、充分に堪能し、高揚した余韻を噛み締めるように熱い息を吐き笑みをこぼす。
その妖艶な笑みは、声をかけようとしていた殿方が見えていたら足を止めてしまう程のもの。
細めた目をゆっくりと開き、周りを見渡す。
「あら? その、皆さんにその様に見つめられると流石に恥ずかしいのですが……」
ロゼートも含め、ご令嬢達はまだムースプリンを残しながらも、手を止めてサウティナを見て微笑んでいた。
「大丈夫ですよサウティナ様、これを見にきたのもありますので」
「ええ、そうですとも。このムースプリン本当に美味しいですものね」
「本当に愛らしいわ。ロゼッタ様の新しいお菓子と言えばサウティナ様ですわ」
ご令嬢達はにこやかにムースプリンを食べるのを再開した。
それをらを見守ってからロゼートは口を開く。
「ねぇ、サウティナさん。まだ食べるならどうかしら別の種類もあるのよ」
「えっ! まだあるのですか!?」
「ええ、喜んでもらえたら嬉しいわ」
運ばれてきたそれは、先ほどと同じように見えながらその色が違っていた。
(今度は緑色なのね。これは香りも見た目も落ち着いた上品さが見えて、二番目にもってくるのもわかる気がするわ)
ご令嬢達に見守られながら、サウティナは新たなムースプリンを口に運ぶ。
(んっ。この滑らかさな甘さと控えめながら、どこか紅茶を連想する渋みの合わせ。先ほどつい紅茶を求めていたけどそれはお見通しなどだと、気遣いすら感じられる。確かな情報量を感じさせる濃密な味わいにしてそれを気取らない後味の良さ)
うっとりとした表情で食べ続けるサウティナ。
(これは凄い、そこに何かを求めるならと思う答えとして表面に添えてあるホイップクリーム。これがまた、この緑のムースプリンの飽きの来なさを補佐しているわ。もう完全に手の上で転がされてるの体で感じる。そしてそれに幸福感すら覚えてしまうわ)
感じた幸福感を手放さないように、ゆっくりと味わう。
(そう、そうね。さっきのが窓辺の令嬢なら、そっと後ろを付き添い、何かあるとすぐに手を貸してくれる夫人。仕方ないですねと、どこまでも甘やかして世話をしてくれる、わたくしをダメにする夫人だわ。いえ、もうダメになってしまったわ。ああ、なんてこと今日しか食べれないのかしら……)
瞳すらも熱を帯び始めるサウティナと、それを見守るロゼートとご令嬢達。
「本当にお可愛い方ですね、ロゼート様」
「そうね、ほんとにね」
ステンレン公爵のお茶会は、終始笑顔に包まれていた。
サウティナが止まりませんでした。話が全く進まなかったので本日は夜もう一本あります。