上司の息子ほど対応に困る相手はいない
男性の噂話というものも、なかなか面白いもの。
婚約者がいる男性が話す噂話であれば、令嬢の方が拾いそれを家や本人に理があると判断した上で男性に共有する。
その噂の真相を探るために。
婚約者同士の家を理を考え、そしてその先に何があるのか、そしてどうなっていくのか。令嬢が話す噂話よりも派閥の流れなど妄想できる幅が広がるのだ。
例え婚約者のいない騎士であっても、閉じた男性社会故の話というものがあり、驚きや勇気を提供してくれる。
「それじゃあ、僕はこの辺りで失礼するよ。サウティナ嬢」
「ええ、楽しいお話をありがとうございました、ビフット様。演習頑張ってくださいませ」
木陰からビフットが去っていくのを確かめてからサウティナも学園の食堂目指して歩き出す。
(あのスーラス辺境伯が王都に、ねぇ……。王都は上から下までゴタゴタのスキャンダルだらけ。そこに帝国との防衛を務め滅多に現れない辺境伯が来るとは。優秀な耳があってか、そうでなく辺境にまで届いてしまうの惨状なのか。理由もそうだけどそのあたりも気になるところね)
あれこれと妄想に入るサウティナ。
(ビフット様は、王都騎士団でも将来有望とされる方。器量もよく、令嬢にも人気だがなぜか婚約者も居なく、男性のけがあるのではないかとわたくしの中でも話題の方。辺境伯との繋がりは息子同士気があったとの話だったけど、それにしても情報が早い。秘密の文通でもされているのかしら?)
あえて、直接聞かないことで確定させずに妄想をする。そういう楽しみ方もある。
「随分と、楽しそうな顔しているなサウティナ嬢」
横からの声に、そちらを向き顰めっ面をしなかったサウティナは自分を褒めたい。
アゼルノトル・ゼーテルゼ、上司の息子。
リーデルテ宰相に忠義を向けるロベルテ家としてはなんとも困る相手。
まだ宰相ではないので自分のことは伝えられず、しかも宰相との関係を息子にも周りに悟られるわけにもいかず、さらに将来の上司の可能性もあるのであまり無碍にも出来ない。
リーデルテ宰相からサウティナと関わるなと頼むことも、悟られる可能性があるので出来ない。
こちらから情報収集で話しかける以外では関わりになりたくない。そんな相手だ。
(まだ人目があるところで、話しかけてこなかっただけよいか……)
楽しい妄想に水を浴びせられたようなサウティナは、何故か不機嫌な顔隠さないアゼルノルトに笑みを浮かべる。
「あら、ゼーテルゼ様。ご機嫌よう」
不機嫌なのはこっちだ。さっさとどこか行ってくれ。そんな気持ちを押し込める。
「ビフットとは何を話していたんだ?」
「近頃は演習が大変だとか、そういう話ですね」
「……そんな話でさっきの顔か」
「ええ、とても楽しかったので。それでなんのご用でしょうか?」
「用件が無ければ話しかけてはいけないとでも?」
サウティナの言葉にますます不機嫌さを隠そうともしないアゼルノトル。
(一体何なんだ。せめて上司の息子でなければ、早々に御退場願えるのに。たまたまいた、わたくしに八つ当たりだけしに来たのかこの男は。お友達ばかりでストレスを言い合える友人もいないのか)
「いえ、そのようなことは。ですが、今の情勢で特定の上の者と交流を持つのは、貧乏な我が家としてもあまりしたくないと言いますか……」
オブラートに包むはずが、まったく包めてない言葉が出てしまった。
「……ふん。八方美人のお前らしい言葉だことだ。用件だったな、そんなサウティナ嬢にロゼート嬢からの招待状だ」
「ステンレン公爵令嬢の?」
「そうだ、新しいお菓子を用意するのでどうかという話だそうだ」
「まぁ!」
ロゼート様の用意するお菓子はどれも美味しいので、声も弾んでしまう。
「ふっ。そういうことだ。確かに伝えたぞ」
「はい。感謝いたします」
「では、確かにどこに目があるかわからないからな。この辺にしておこう」
優しさを含んだ目でアゼルノトルは頷くと、去っていく。
(最初からその顔で来ればいいのに……。しかし同じ公爵家でありながら、ロゼート様の使いを引き受けるとはね。王太子すら決まってないなか、ロゼート様の派閥宣言とはなかなかお熱い。もし第二王子が王太子となったら三公爵家のパワーバランスはどうなるのだろうか)
三日後にお茶会。急だけどロゼート様はサウティナならお菓子で釣れば断られないと思ってのこと。
そして中立という立場であることを知って、ご馳走してもらえるといのはありがたいことだ。
(それにしてもアゼルノトル様が、ロゼート様をねぇ……ますます面白くなってきたわ)
少々苛立ったこともあったけど、お昼のランチのタネも大収穫。今日も美味しく食べれそうだ。