上司の奢りで食べるご飯は美味しいです
サウティナは、最近美味しいと噂されている喫茶店にいた。
「それで、やはりアウスル侯爵家の内情は良くないのかね? サティー」
凄腕の貫禄を見せる商人という風貌の男性に扮した宰相リーデルテは、サウティナの方にすでに空いた5枚の皿を胡乱な目で見ながら言った。
「はい、お父様。妹のクリスティーナ様の家庭内掌握はお見事としか言いようがありません。社交場としてはまだ姉のマリアーネ様にありますが、それも時間の問題のように思いますね」
「社交場も、か。第一王子にしても第二王子にしても困った者だ。これ以上婚約者を蔑ろにされては下の者への影響が見過ごせないものになる」
「ええ、そうでしょうね。いまでも男爵令嬢に誑かされたと話題がつきませんからね。その上で王子であられるお二人がそれをよしとする空気を作ってしまったら、ふふ」
「……さすがのステンレン公爵のご令嬢もこの空気は御せない、か」
リーデルテは眉を顰めて、親指で眉間を押し込む。考え混む時のクセだ。
(美味しい。このチョコケーキというもの、ステンレン公爵家のお菓子と同等では?)
「そろそろ侯爵家のパーティーがあっただろう」
「はい、お父様。7日後ですね、いかがいたしますか?」
「参加するように。それと、パパと呼びなさい」
「わかりました、パパ」
「うむ」
リーデルテは演技とは思えないでれっとした顔する。
パパと呼ぶ。それはリーデルテとの暗号で探りを入れろという合図。
(それにしても、パパって。そういう趣味があるのだろうか)
宰相に仕えるものはそれぞれお互いをあえてわからないようにしている。
そのため仮に宰相の趣味の噂が立てば、誰かが漏らした事に他ならない。それは叛意に繋がることなので誰も口にしない。
(もしかしたらわたくし以外にもパパと呼ばせているのかもしれない。噂で確かめられず残念で仕方ない)
サウティナが新しく食べるものをと、手にとったメニューをそっとリーデルテに手で抑えられる。
(いや、もしかしたら森の中に木を隠すというように、パパの中にパパを隠しているのかもしれない。アウスル侯爵家のように妾の娘がいて、こうしてお忍びというていで会いパパと呼ばせている。それがもしバレても隠蔽できるフェイクとして使えるよに……)
美味しいお菓子を食べたサウティナの妄想は止まらない。
「時に、アゼルノトルはどう思うかね?」
アゼルノトル・ゼーテルゼ。リーデルテ・ゼーテルゼ公爵の息子。
「アゼルノトル様は、今のところは男爵令嬢にもクリスティーナ様にも靡いて無いように思われますね」
「そういうのでは……いや、なんでも無い」
「……? 他になければそろそろ次はこのレモンタルトを頼みたいのですが」
「まだ食べるのかね? 一回の食事に商人として払えるラインを超えてしまうのだが」
「令嬢の情報源というものは、このような積み重ねだと以前にも申し上げたではないですか。もう少し甲斐性をお見せくださいませ。パパ様」
お忍びだからこそ使える言葉と共ににへらっと笑みを浮かべる
「……これで本当に最後だぞ? サティー」
「ええ、わかってますとも」
半目のリーデルテにサウティナは、にやりと頬をあげた。
やはり公爵家同等のレモンタルトと、その後追加で頼んだバニラアイスもとても美味しかった。