#1
「殿下、私と少し勉強しない?」
偽りの笑みを貼り付けたまま、少し目を丸くした殿下を私も貼り付けた笑顔で見つめながら言う。
ー何故、こんなことになったのか。
私の名前はユリア・フォン・ヴィーネスト。ヴィーネスト侯爵家唯一の娘だ。
病弱な母親から譲り受けた空のように鮮やかかつ儚い青色...いや、淡い空色の瞳と髪、それを際立たせる整った顔を持ち合わせた、8歳の少女である。
私には2週間ほど前に前世の記憶を取り戻した。とはいえ、何と言うか激しい頭痛がして...辛い事があって...とかそういう前兆も無しに「あ、私転生したんだ。」といった感じで散歩中にすっと思い出した。
前世の私は、というと5人兄妹の長女で趣味が読書と料理。人と少し違うことと言えば演技が得意だってことぐらいの普通のアニメ好きの女子高校生だった。
死因は...確か信号無視の車から妹を庇ったことだった気がする。死に際に妹が私の名前を叫びながら体を揺らして意識を保たせようとしてくれてたから無事なんだろうな。
さて、前世のことは置いといて今世のこと。
私の転生先、ユリアは前世見ていた小説の悪役令嬢。
この小説は良くある貴族を題材にした乙女ゲームと同じで、高等部に入学した主人公と色とりどりの個性を持った攻略対象達とその婚約者が出てくる恋愛ものだ。
察しの言い方はわかっただろうけど、ユリアはメインヒーロー、レオン・メイディン・グローフェス王太子の婚約者で、レオンのことを溺愛するあまり、嫉妬に溺れ悪に染まり、主人公を攻撃する。
そして先輩攻略対象キャラの卒業式の3日前に断罪されるキャラだ。
美しい容姿の仮面を被った悪役令嬢ということで読者からは"仮面令嬢"と呼ばれていた。
小説の人気ぶりから乙女ゲームも出され、そちらも好評で普段ゲームしない私も全クリをするほど、ドはまりしていた。
全ルートプレイを進めている事でわかっているのがユリアは主人公達と仲良くしてはいけない事。ルートの中にユリアと仲良くなるというものが数個あったのだけれど、ユリアが断罪されない代わりなのか、別のキャラが何処かで必ず死んでしまっていた。
だから、私は特技を生かして前世でのあだ名にも使われている"仮面"を自らつけて本物の"仮面令嬢"になろうと決意した。
勿論、断罪されたくないので主人公達と仲良くしない...そもそも必要以上に接することの無いように過ごそう。レオン陛下が主人公の事を好きなった時点で速やかに身を引くのも忘れちゃいけない。
多分、それが一番平和なのだと思うから。
でも、数ある不安の中で最も大きいのはレオン殿下の性格だ。
全ての能力がたけているレオン殿下は他のものに感情を抱かない、人形のような人...という初期設定。
貼り付けた笑みをずっと向けられるのは楽しくないし、一応婚約者の人がそんな人なのは嫌だ。私が原作通り主人公をいじめたくはないからせめて性格はできるだけ治しておきたいよね...。
以上の問題を解決するには私の持っている全ての演技力とアドリブ力、察知力を毎日フル活動させないといけないのか...。後は体力勝負だなぁ。
とりあえず、そんなこんなで現在。
謁見の間でレオン殿下と国王、お父様に囲まれながら微笑む。
「お初にお目にかかります。ヴィーネスト侯爵家当主メビス・フォン・ヴィーネストの長女ユリア・フォン・ヴィーネストと申しますわ。」
「ご丁寧にありがとうございます。ご存じとは思いますが、私はレオン・メイデン・グローフェスと申します。今日はよろしくお願いしますね。」
決められた台詞を言い合っている中、レオン殿下に向け笑顔を作る。同様に、レオン殿下の笑顔も作り物だ。
お互いの自己紹介が済んだ所で、何も知らない国王とお父様に誘導され、私達は庭にあるテーブルに二人きりで座った。
「レオン殿下のような素敵な方と婚約出来ることをとても嬉しく、そして光栄に思いますわ。」
「ええ。私も貴女のような可愛らしい方と婚約出来て嬉しいです。」
「.....」
「.....」
「そんな風にお褒めされると照れてしまいますわ。期待に応えられるよう、努力を致しますわ」
「えぇ。私も」
「....」
「....」
「いい天気ですわね。」
「ええ、そうですね。」
「....」
「....」
....えーっと....仮にも完璧超人でしょ?何か....話題振るとかしないの?
私の顔を無言でじっくりと観察するのやめてくれないかな。
「....」
「....」
ん、なに?この空気。
ん、なに?この空気。(大切なので2回)
何か動けってこと?品定めならぬ令嬢定め?あれ、なに?令嬢定めって。
...仕方ない。奥の手を出すか。
「....殿下」
「なんですか?」
「お暇でしたら、私と少し勉強なさらない?」
「ん?」
なんだか効果音が付くならザワッって感じに木々が揺れる。
流石のレオン殿下も目が丸くなりますよねー。
「私と少し、勉強なさらない?」
確認をとるようにゆっくりともう1回復唱する。
「とはいえ、勉強内容は貴族が一般的にする内容ではありません。どうやら私だけしか知らない言語があるのでそれが本当かの確認がしたいのです。もしも知っているようでしたら単純ですが意外と難しいゲームなど他にもありますので....どうですか?」
私だけしか知らない言語とは日本語のことだ。
単純かつ意外と難しいゲームって言うのはじゃんけんのこと。単純に考えれば運まかせのゲームであり、心理戦であるじゃんけん。頭がいいレオン殿下なら心理戦として考えるだろうけど、感情が欠けているレオン殿下には苦手なんじゃないかな、と思い"意外と難しい"とつけておいた。
どこか遠くを見るような感じでこちらを見てくる。
どうするか考えているんだろうなー。
さてさて、可愛い可愛い悪役令嬢からのお願いだよ?拒否しないでね?
二人きり、無言の時間、そんな中互いに笑顔を絶やさず見つめ合う....僕なら耐えられませんね(汗)大声で叫んじゃいそうです(笑)