平成最後の大事件
ここはどこかの教室か。はたまた誰かの部屋なのか。とにかくその場所にはいつものメンバーがいつものように集合していた――。
「みんないるかな?」
明治先生がそう声をかけると、各々が返事をした。
「はーい! みんないますけど今日って何の集まりでしたっけ?」
手を挙げて溌溂と喋っているのは、大正ちゃんだ。セーラー服の襟を気にしながら自分の髪の毛をくるくるといじっている。
「ばーか。今日は俺さまのお疲れ会だろうが」
大正ちゃんに悪態をついているのが、今日の会の主役である平成くんだ。仲間内では普段大人しいくせに、自分よりあからさまに格下だと急に態度が大きくなるのも彼の特徴である。
「こらこら。そういう言い方は良くないぞ」
そう言ったのは昭和爺さんだ。肩パットがしっかり入ったジャケットを羽織り、中には白のタートルネックにチノパンといういで立ちの彼は「爺さん」などとつけるのもおこがましいほど見た目は若いが、何分喋り方や考え方がとにかく古臭く、明治先生よりも「古き良き日本」という言葉に敏感な彼を揶揄して爺さんと呼んでいる。
「一人はみんなの為に、みんなは一人の為にという言葉を知っているだろう。今日は確かに君の為に集まった会かもしれないが、だからと言って威張り倒すのはちょっと違うんじゃないのかな」
「はいはい……」
平成くんが適当に返事をすると、大正ちゃんはいい気味とばかりにくすくすと笑っている。
「まあまあ何はともあれ平成くんは三十年間よくやったな! そんな平成くんには先生からサプライズプレゼントがあります! 入ってくれ!」
そう言いながら明治先生は出入り口に目をやるが、特に何の変化もない。
「先生……。どういうこと?」
「……あれ? おかしいな……。すまん、みんなちょっとここで待っててくれ」
明治先生はそう言うといそいそと部屋を出ていった。
部屋に残された三人はわけがわからないままその場に立ち尽くした。
「……なあ。プレゼントって何だと思う?」
平成くんが誰にというわけでもなくそんな質問をする。
「……さあ? 入ってくれって言ってたし誰かが来るってことだと思うんだけど……」
大正ちゃんはそう言うと少し伸びをした。
「だよな……。なあ、昭和の爺さんは――」
「うっ、うわーーー! だ、誰か来てくれーーー!!!」
平成くんの言葉を遮るように突然断末魔が響いた。この声は明治先生だ。そこにいた全委員が一目散に部屋を飛び出し、声のする方へ走っていく。
三人がある部屋の前に着くと、そこには尻餅をついてがたがたと震えている明治先生の姿があった。
「先生! どうしたんですか?!」
「あ、あれを……」
そう言いながら明治先生が指さす方向を見るとそこには血だらけで倒れている人の姿があった。
「なっ……」
その場にいた全員が息を飲み込んだ。昭和爺さんは恐る恐る近づき倒れている人物の脈を確認する。
「……死んでる」
「……嘘でしょ?」
大正ちゃんの顔は真っ白で紫色になった唇が何とかそう動いたが誰もその質問に答える者はいなかった。
「おい! どうすんだよこれ! 大体こいつは一体誰なんだよ!」
平成くんがわけも分からず叫んだが、それもそのはずだった。その場で倒れ死んでいる人物には全く見覚えがなかったのだ。
「……この人は次の元号くんだよ」
「え?」
明治先生は少しばつが悪そうに答えた。
「今日のサプライズゲストで呼んでいたんだけどまさかこんなことになるなんて……。まだ名前を聞いてすらいなかったのに……」
「じゃあ俺の次がこいつだったのか……」
平成くんはその顔を見下ろしながら急に何とも言えない気持ちになった。
「……ってことはまだ俺の時代が続くってこと? やり! じゃあまたネットし放題だし、消費税も上がんないね!」
「ばかっ! 今はそれどころじゃないでしょ?! 人が一人死んでるんだよ?」
大正ちゃんは平成くんを戒めるが平成くんの口元には既に笑みが隠せないでいる。
「……もしかしてあんたが殺したんじゃないの?」
「は?」
平成くんの余りに軽い態度につい言葉が出てしまった。
「そうだよ! だってずっと言ってたもんね! 『平成がずっと終わらなければいいのにー』って!」
「……お前それまじで言ってるの?」
平成くんの鋭い目つきに思わず大正ちゃんはたじろぐ。
「そりゃ確かに言ったよ。でもそれって誰しもが思うこと何じゃないの? 大正ちゃんだって自分の時代が終わるときにそう思わなかったって自信持って言える?」
「それは……」
一つの時代が終わるとき、人は誰しも楽しさよりも寂しさが上回ってしまう。それはその場にいた全員が経験してきたことだった。
「さっきから黙ってる二人もそうだよ! 特に昭和爺さんは長かったからね。俺のこと疎ましく思ってるんじゃないの?」
「馬鹿なことを言うな!」
声を張り上げた昭和爺さんに平成くんは思わず肩をすくめた。
「そりゃ寂しかったさ。特に最初の平成くんはかなり荒れてたしな。ディスコだバブルだとな。でもここ最近は見直していたよ。俺らの時代では成し得なかったこともたくさんしてくれたからな。その字のごとく、とても平和ないい時代だったよ」
「……」
「俺らの時代には戦争もあった、関東大震災もあった。まだまだ世界がどういうものかもわからなかった。でも平成は違っただろう? 戦争とは無縁の世界。インターネットがあれば世界中の人間と誰もが簡単に繋がれる。そして俺らの時代で凝り固まった家族の形も今ようやく自由になり始めた。平成くん……。本当にありがとう」
「昭和爺さん……」
昭和爺さんと平成くんは何だか照れ臭そうにしていたが、二人ともとても清々しい顔をしていた。
「あのー……いい話のとこ悪いんだけどこっちに戻していい? 結局誰がこの人のこと殺したのよ」
大正ちゃんがそう言うと、みんないそいそと先程までの空気を無理やり作り出す。
そうそう何故かこの部屋で殺されている新しい元号。そしてここには今いる人間以外誰もいない。この中の誰かが殺したことは明白だ。にこにこと話しているけれど誰かが殺人犯なのだ。
誰も何も言いだせずにいる中、ふとそれが目に入った。大正ちゃんがそれに手を伸ばす。
「これは……」
それは真っ白い長方形の封筒だった。封を開けると中から一枚の便箋が出てきた。大正ちゃんがそれを声に出して読み上げる。
「『明治先生、大正ちゃん、昭和爺さん、平成くん。今日という日にこんなことになってしまいごめんなさい。今時手紙なんて古臭いと思いましたがこれ以外にみんなに僕の気持ちを伝える方法が思いつかなかったので手紙を書きます。
思えば僕は新しい時代が来ることが嫌で嫌で仕方ありませんでした。僕の時代になってからいきなりの東京オリンピック。その前に過去最大のゴールデンウィーク、そして消費税増税。みんなが新しい時代にたくさんのことを期待しているのは手に取るようにわかりました。平成くんの最後にはたくさんのアイドルも解散したし、大きな地震もたくさん起こりました。だからより一層新しい時代である僕が何とかしてくれるだろう――。そういった思いが日々重く辛く生きていく自信が亡くなりました。
ですので平成くんのお疲れ様会ですが、いい機会だと思い僕は新しい時代の辞退も込めて死のうと思います。僕の代わりはまた誰か探してください。それかもうしばらく平成くんに頑張ってもらってください。以上、よろしくお願いします。新しい時代の僕より』」
その後、四人で話し合いを行ったが、次の時代を担おうと手を挙げるものが一人もいなかった。手紙の中にもあるように、もうしばらく平成くんに頑張ってもらおうとも思ったが、平成くんはさっきまでの自信満々な態度はどこへ行ったのか、今更時代を担うということにプレッシャーを感じているようで青い顔をしていた。そんな平成くんの気持ちは、同じ時代を築いてきた者同士わかるのでぜひ平成くんに続投をなどど誰も口には出来なかった。
結局、誰が言い出したか苦肉の策で最終手段を取ることになった。
「最初はグー! じゃんけん……っ」
四人が一斉に声を出し、一斉に手を振りかぶる。
「ぽんっ!!!!」
そのとき、明治先生は心穏やかな面持ちで、大正ちゃんはどこか悪戯っぽい顔をしながら、昭和爺さんは相変わらずどっしりと構え、平成くんは一番怯えながら手を出す。
その手は一体誰の手だったのか。一人だけパーで、他三人はチョキだった。
パーを出したその手は何かを掴もうとしたが、次の瞬間だらりと力が抜けていった――。