09「塩対応」
「許す? 許すねェ? 別におれたちは怒ってなんかいねぇけどな」
「そうそう。人聞きの悪いこといわないでくれや」
「けど、まあ詫びてくれるってンなら断る理由はねぇわな」
「まずは、そうさ金だな」
「お金、お金ですか? 今、持ち合わせがそれほど……」
「まあ、急くなお嬢ちゃん。おれらはこの先に宿を取ってる」
「酒でも買って互いに差しつ差されつ、よう?」
「互いに仲直りの宴ってことだ」
「ま、朝まで仲よく飲み明かそうぜ」
「もっともおれたちもお嬢ちゃんも若いからな。げはは」
「過ちがあったとしても、な……?」
オークたちはもはや自分たちの性欲を隠さずフランセットに詰め寄っていた。
フランセットの目尻に涙が浮かぶ。
そのときだった。
「盛り上がってることろ悪い。フランセット、そんな馬鹿どもについてく理由はないぞ」
情欲に燃え滾った目で楽しそうにこれからの予定を話していたオークたちへとアタミは声をかけた。
肉の壁に囲まれている状態で同僚が困っていたら助けるのは当然のことだ。
アタミは隙間から捩るようにオークの輪に身体を入れると視線を上げた。
「な――コイツ、いつの間にっ」
「ど、どっから入ってきやがったんだ」
ぬるっとしたアタミのなめらかな動きに気味悪さを感じたのか、オークたちはザッと囲みを解いて距離を取った。
アタミはいつものボーっとした表情でフランセットの背をポンと押してオークたちから遠ざける。
フランセットがよろよろと同僚の受付嬢たちが待つ場所へたどり着くのを見ると、アタミは首を左右に動かしてコキコキと鳴らした。
「あのなぁ、おまえら。ここは冒険者ギルドだ。そして彼女はそういう仕事をしてるわけじゃない。淫売が欲しいなら娼館を教えてやるからそこでゆっくり楽しんでこい。今のシーズンなら団体割引が利くと客の冒険者がいってたぞ」
アタミの人を食った言葉にオークたちの形相が一変した。
「このガキ。おれらを舐め切ってるなぁ」
「まあいい、ちょいとツラ貸せや」
「おまえもギルドの職員なんだろ。姉ちゃんに代わって相手せぇよ」
「わかったよ。て、ことでフランセット。ちょっとこいつらとナシつけて来るから、しばらく離席する」
「ば、ばかっ。なにカッコつけてんのよっ。さっさと土下座でもなんでもしてそのオークたちに謝っちゃいなさいよっ!」
フランセットを抱きしめていたアンジェルが引き攣った声で叫んだ。
「ま――待ってください。待ってください! アタミさんは関係ありませんっ」
「おいおい、関係ないなんて寂しいこというなよ。俺らはギルドの仲間だろ」
「て、ことだ姉ちゃん。おまえさんとのお話はこのとっぽい兄ちゃんのあとだ」
「コイツは意地でも俺らにつき合いたくなるよーにだ。じーっくりとこの兄ちゃんとお話しなきゃな」
「こっちはそんな暇ないぞ。フランセット、すぐ戻るから」
「だ、誰か――警備に連絡をっ」
アタミは背中に職員たちの叫び声を聞きながら赤レンガの事務所を出た。
肉の壁に囲まれながら人気の少ない裏路地に向かった。
「で、ノコノコとおれらに囲まれたままこんな薄暗いとこまで来やがって」
「自殺願望でもあるのか?」
「いっとくが俺にそっちの気はないからな」
アタミは自分の身体を抱えるようにして眉間にシワを寄せた。
「こっちだってその気はねーよっ」
「あんまし余裕こいてふざけた真似してると、半殺しが全殺しになるぞ、クルァ!」
「ククク、確かにあの受付の姉ちゃんは極上の美人だ。けどな、カッコつけていられんのもみんなの前だけの話だぜ? 交渉はしねぇ。おれらサンセット兄弟のお楽しみをぶち壊しにした報いは受けてもらうぜ」
「おいおい兄弟。まぁだお楽しみは終わってねぇぞ。この兄ちゃんをカタに嵌めたら、あの姉ちゃんの前に引きずってって愉快な輪姦パーティー開くんだからよ」
「あの制服着せたまま、たっぷり楽しませてもらうとするか」
「ぐひひ、あのいろっぺえ姉ちゃんをよ。跪かせて、奉仕させてやる」
「コイツは久々に楽しく酔えそうだな」
「なぁ、俺もそんなに状況を理解してねーんだが、おまえらに対しては究極の塩対応でいいんだよな?」
オークのひとりは自分の頭に人差し指をつきつけくるくると回しながら呆れたように鼻にシワを寄せた。