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06「社食が美味い」

「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ」


 アタミが見るところ受付カウンターには六人の事務職員である受付嬢が配置されているがフランセットに並ぶ冒険者の数は段違いに多かった。


(ううむ。フランセットの一〇〇万ドルの笑顔の前には誰も太刀打ちできんだろーな)


 なにせアタミがギルドに配属されて今日が初日なのは真実なのだ。空気を肌で感じているうちに、ロビーの中央に据えつけられていた大時計がボーンボーンと大きく鳴った。


「はい、午前はここでおしまいっ。お昼お昼っ」


 アンジェルがそういうと事務職員はカウンターに「休憩中」の看板を立てて、三々五々散ってゆく。


「そうか昼飯どきか」


 そもそもアタミには決まって食事をとるという習慣がなかった。


 暇があればできるだけ寝るか本を読むかのどちらかである。


 食事といえば、行軍中に手渡されたレーションが主であった。


「あのアタミさん、お昼はどうされますか? わたしたちは食堂で持ってきたお弁当をいただくのですが」


「いや、俺は」


「なによ。アンタ本当にスッとろいわね。昼ごはんもどうせ用意してなかったんでしょ。仕方ないわね。案内くらいしてあげるから、ついてきなさいよね」


 アタミに反論の暇を与えることなくアンジェルはガーッと自分のいいたいことだけいうと、先に立って歩き出した。


 特にあてがあるわけでもないのでアタミはアンジェルのあとをついてゆく。フランセットがアタミの隣にそっと並んだ。 


「なあ、フランセット。あいつはなんであんなに偉そうなの?」


「アンジェルさん、受付の大ベテランなのですよ。彼女、ちょっと当たりがキツイかも知れませんが凄く面倒見がよくて優しいんです」


「そうなのか」


「ええ。わたし、入ったばっかりで右も左もわからないときにはずいぶんとお世話になりましたから」


「キツイは余計よフランセット」

「あら……」

「ちゃんと聞こえてみたいだな」


 食堂はアタミが想像してたよりもずっと広くて大きかった。


 優に二百人は一度に座れそうな長テーブルがズラッと並べてあった。無垢の木でできた机は濃い茶褐色で瘤やら風合いやらが見た目にも人の気分をゆったりさせてくれる。注文台の前に来てアタミは頭上の品書きに視線を送った。


「ま、冒険者たちがメインの場所だからメニューは期待したほどでもないのよね」


「ここのお料理美味しいんですけど、わたしたちには量がちょっと多すぎますから」


 女子ふたりがそろっていうのも無理はない。基本的に、肉と魚の二種類とスープにパンとサラダがつく定食のABのみだ。あとは焼き飯や煮込みであるが、アタミが利用者のお盆を見ると、肉体労働者向けといった濃い味気付けがメインらしい。


「んじゃ肉定食のB大盛りでね」

「ちょっ、アンタ人の話聞いてたの?」


「アタミさん、大丈夫ですか?」

「いや、イケるだろ別に」


 事務職員の制服に身を包んだアタミは元々が中肉中背でそれほど食が太いようには見えなかったのだろう。


「なんだ、兄ちゃん。新入りの職員かい。ガハハ、おまえさんみたいな細っこいのに大盛りは無理だと思うがね」


「いや、俺はアンタが思ってる量の三倍は食うぞ」


 食堂の料理人はアタミのいうことが気に入らなかったのか、「イジメてやろうか」の精神で通常の五倍の量で肉定食を作り上げた。


「兄ちゃん、ここじゃお残しは許されんぜ。今ならまだ間に合うから謝りな。そしたら通常のやつに代えてやるよ」


「いや、緊張して腹減ってるから余裕だな」


「へ、へぇえ。もし食いきれなかったら、床に額をこすりつけてもらうぜ。それから一週間朝まで皿洗いをしてもらうぞ」


「アタミさん、あ、謝ったほうがいいですっ……!」

「いや、気にするなフランセット」


「やめなさいよ馬鹿ッ。食べられるわけないでしょ、この量!」


 フランセットとアンジェルが蒼白になるのも無理はない。定食はどう見ても、肉は一〇キロ、スープはバケツ、パンは籠一杯、サラダは馬に喰わせるほどあったのだ。


「馬に食わせるくらいあるわよっ」

「俺は馬じゃないぞ」


「知ってるわよ、お腹壊したらどうすんのよっ」

「怒鳴るなよ」


 だがアタミは余裕だった。むがーっとばかりに肉をまず切り分けると、見守る人々の目が点になる勢いでかっ食らい、スープのバケツにパンとサラダを放り込むとカバのように一気飲みした。ちなみにほとんど味わっていないのは明白だった。


「バケモノ……完敗だ」


「ん、さすがにこれだけ食ったのは久々だな。味はともかく量は充分だ」


 料理人はその場に膝を突くと潔く敗北を認め、食堂利用一週間無料チケットをその場で発行した。


「……は? あたしはお昼を食べに行ったと思ったのに、なぜ料理バトルに巻き込まれたのかしら」


「アンジェル、もう昼休みは終わりだぞ。午後は午後で切り替えていこう」


 受付に戻ったアタミはアンジェルに物凄い目で睨まれたが、満腹になったので気にしなかった。


「ええと、このままではアタミさんの教育日誌がご飯たくさん食べて帰宅。になりかねないので、午後はわたしが受付業務のいろはをしっかりと教えたいと思います」


 午後一番の受付ラッシュが過ぎてからフランセットはわざとらしく咳払いをするとアタミに向かって宣言した。


「おお、それを待っていたんだ。フランセット、俺を導いてくれ」


「いえ、そんなふうにいわれましても。とりあえず基本的なところから教えますね」


 フランセットはバインダーに真っ白な紙を挟むとアタミの見やすい位置に移動させた。


 どうやらこの紙片が学校における黒板代わりらしい。


「とりあえず初日にギルドから受け取ったと思うのですけど、アタミさんは業務要領書には目を通していただけましたか?」


「なーんも」

「なーんも、ですか。はぁ」

「ふざけてんの、コイツ」


 アンジェルが殺意の波動を飛ばして来るがアタミは気にしない。


「いや、悪い。俺ってば実地の人間なんでな。こういうのは自分で読むより聞かせてもらったほうがよく頭に入る」


「じゃ、じゃあ、端折りますがだいたいの概略から話しますよ。ええと、まず、アタミさんは冒険者という概念がどういうものかはご存じですよね?」


「ああ、ならず者だろ」


 アタミとフランセットの話を耳をそばだてて聞いていた冒険者たちがギロリと目を光らせた。


「しーっ、しーっ。滅多なことおっしゃられては困りますよ。利用者である冒険者さんたちあってのわたしたちですからね」


「そっか、ならず者たちも繊細なんだな」


 フランセットは目が合った冒険者たちに対して平謝りした。


「はぁ、とりあえずアタミさんの知識はだいたいわかりました。あのですね、世間さまでは冒険者たちはそのように危険でルール無用な暴れ者と思われがちですが、実際は国に認可された冒険者ギルドの構成員なのです。身元もハッキリしていますし、万が一理由のない不祥事を起こせばギルドに入るため推薦したいわゆる名士の方々にも迷惑がかかるのでまずありえないのです」


「で、実際は?」

「えーと、それはこっちに置いておいて」


 フランセットは両腕を動かしてカウンターの上にあると仮定した箱を移動させるゼスチュアをした。


 アタミが疑問を呈したのは、実際の冒険者はギルドに入るための一級国民の資格を持つ推薦人など金でどうにかなるということを塔にいたとき仲間から聞いて知っていたからだった。フランセットが話を深く掘り下げなかったのも、推薦人からの書状を用意するダミー会社がどこでにも存在し、それをギルドが半ば黙認していることをわかっていたからであった。


(世知辛い世の中だ)


「冒険者は通常最上級のSから最下級のDまで全部で五ランクに冒険功績によって区別されています」


「その冒険功績ってのは?」


「ええと、ギルドから受注した依頼達成の成果によって振り分けられるポイントのことですね。これだけは売ったり買ったりはできないものです。冒険功績の査定もわたしたち受付業務の一部に入ります。といっても、単純なものだけで高ランクの依頼に関しては部課長級にある上の方の審議が当然入りますが。ここまでは理解いただけましたか?」


「うん、なんか理解すればするほど地味な仕事だな、と」


 アタミが馬鹿正直に話すとさすがのフランセットもどう答えていいかわからず固まってしまう。


「いや、つまんねーとはいってねぇからな。事務職員の仕事が地味なのは最初から分かりきっていたことだしな。手を抜かず、俺もプロの事務職人としてこれから研鑽を積むことにしよう」


 フランセットはしばらく強い動揺を見せたが「うーん」と小さく唸ると、パッと笑顔を見せた。


「わかりました。わたしもプロの受付です。きっとアタミさんを一人前の職員に育ててみせますっ」


「おうおう、その調子だ。しっかりばっちり頼むな」


「なにひとごとみいたいにいってんのよっ。アンタは首になんないように死ぬ気で頑張りなさいよね」


 見かねてキレたアンジェルにキャンキャン噛みつかれたのはいうまでもない。




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