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05「冒険者ギルド総務課」

 ――三カ月後。


 アタミは王都ロムストンから離れた都市ストラトポンの冒険者ギルドの総務課に事務職員として就職していた。


「へい、らっしゃい」

「あ、あの、アタミさん。ここはお魚屋さんじゃありませんから、まずお客さまには敬語をですね」


「わかった。ラッシャイやせー」

「だから、違いますって……」


 同僚で教育担当のフランセットが困ったような声をかけた。


 アタミの仕事は冒険者ギルドの受付である。

 まったくもって適正のない仕事である。


「お、そうか。悪いな。まだこの仕事に慣れなくてな。でも頑張るから大丈夫だぞ。心配は無用だフランセット」


「はぁ」


 困ったようにフランセットはため息を吐いた。冒険者ギルドの受付といえば、何百という倍率を突破した頭脳明晰で容姿端麗な美女がなるものと相場は決まっていた。


 事実、フランセットは美しい。一六八センチのスラッとした長身にベストとブラウスのかっきりした制服の上からでもわかるほどのナイスバディである。


 ライトブラウンの髪と青の瞳が美しいフランセットは冒険者ギルドのアイドルであり遍く男たちの癒しであった。


「お、どうした。体調がすぐれないのか。なら、ここは任せておいてくれ。なに、俺実はこの仕事かなり向いてるみたいでな。完璧とはいえないまでもすでに結構やれる自信がある。なにせプロの事務職員だからな。おい、ホントに平気か?」


「平気か? じゃないでしょアタミ! だいったいアンタの先輩に対するその口の利き方はなんなのよっ。ただでさえ受付に男がいることが意味不明なのに、敬語くらいキチンと使いなさいよねっ。それと仕事も覚えろっ、メモ取れ、メモ使え、使ったら覚えろ!」


「俺はメモ取んない主義なんだよね。必要なことはすべてここにある」


「そのドタマカチ割ったろか」


 同僚で同じく受付嬢のアンジェルが飛び上がってガウガウと吠えた。フランセットが長身の美女ならばアンジェルは小柄な美少女である。


 もっともアタミは美女だろうか醜女だろうが平等に接するのが主義だった。


「おいおい、固いこというなよ。これでも俺はプロの事務職員。やるべきことはキチンとやるぜ」


「なにがプロの事務職員かーっ。アンタは入って三日目。しかも受付に立ったのは今朝がはじめてじゃないの! 見習いの分際でナマいうんじゃないわよっ」


「いきなり新人イビリとは呆れたな、アンジェル」


「アンジェルさん、でしょっ。すべてにおいて馴れ馴れしいのよ、アンタはっ」


「おいフランセット。小娘が職場の和を乱しているぞ。指導だ指導」


「あ、あのですねアタミさん。少しだけわたしのお話聞いてくださいませんか」


「フランセットもこんなやつに下手に出ることなんてないっ。だいたい、アタミさあ、アンタ周りを見て違和感に気づかないの?」


「ふむ」


 アンジェルにそういわれてアタミはぐるりと周囲を見渡した。冒険者ギルドの受付には同僚である女子職員数名の姿が目に入ったが別段異常な点は見受けられなかった。


「そうだな。強いていうならばアンジェルがやかまし過ぎるところかな」


「そうね。っていうかこのアホンダラーっ。アンタ以外全員受付は女の子でしょう! 男であるアンタの存在自体が異質なのよっ」


「ははは」

「なに笑ってんだコノ野郎!」


「あ、あの、アンジェルさんもアタミさんも落ち着いて。利用者の皆さまが驚いていらっしゃいますよ」


 あたふたするフランセットを見ながらアタミはこの空気のほのぼのさに胸を熱くしていた。


 思えばほんの三カ月前までは王都で魔族を相手に血を流しながら死と隣り合わせのまま戦闘を繰り返していた。しかし今の環境はどうだ。


「まるで夢みたい」

「真昼間から居眠りとはたいした度胸ね」


 ビキビキッとアンジェルがヤンキー漫画の擬音のようなものをこめかみから放出している。


 無論純粋な怒りからだ。


 もっともアタミにとって完全週休二日を約束されたこの冒険者ギルドに事務職員として仕事を得られたのは普通なら望んでも得ることができない僥倖といえた。


「とにかくっ。今のアタミにゃできることはなんもないから、今日はフランセットとあたしの仕事ぶりを指咥えてジッと見てなさいっ」


「むむ、わかった」


 プリプリしながらアンジェルはそういうと受付に列を作って並んでいた冒険者たちを猛然とした勢いで捌きはじめた。


 アタミがボーっとしはじめるとハラハラ見ていたフランセットが寄って来た。


「それじゃアタミさん。細かい業務のことは午後の空き時間になりましたらわたしが教えますから。とりあえず、今はお仕事を見学していてくださいね」


 ニコッと笑うフランセットは朴念仁のアタミから見ても一般的な水準をはるかに超える美しさだ。アタミはボーっとしながら、この笑顔なら男の一ダースや二ダース人生狂わされても仕方がないだろうと考えていた。


(これは剣術でいうところの見取り稽古というやつか? とりあえず見学するか)



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