47「移動魔法陣」
「いぇーい! アタシら無敵過ぎィ!」
一方、地底魔王軍の移動魔法陣接収部隊とダンジョンで遭遇していていたクリスティーンたちぽんこつカルテットはクリケッタ―たちオケラ魔物旅団の殲滅に成功していた。
「ユゲットさん、突出し過ぎです。アデライドさんのフォローがなければ確実に死んでいましたよ」
「いいジャンいいジャン、モルっち。アタシらの圧倒的な勝利じゃんか」
「確かに自分でもここまでやれるなんて思ってもいませんでした」
「そんなことありませんよ、モルガーヌさん。トドメは全部モルガーヌさんの魔術で決まったようなものじゃないですか」
「クリスティーンのいうとおりだぞ。実際、おまえの魔術は実に的確だった。もっと自分に自信を持つがよい」
「アデライドさんまで。そんなに持ち上げたってなにも出ませんよ、もう」
四人の乙女たちはそういって顔を見合わせると、ニッと白い歯を向いて互いにハイタッチを決めはじめる。
――アデライドを除けば決してそこまでの力がなかった彼女たちがどうして上級に類するクリケッターたちをここまで一方的に殲滅できたのには理由があった。
「しっかしアタミっちに貰ったこの短剣、スッゴイ切れ味でメッチャ使えるんよ」
「ユゲットさん、あくまでアタミさんから借り受けてるだけですからね。けど、私がお借りした杖も凄かったです。魔力を何倍にも増幅してくれましたし」
「うむ。私が受け取ったこの剣も稀代の大業物。さすがはアタミ殿。愛する者に対する愛情の深さがここに集約されている」
「わたしの借りた杖もなんというか、神の恩寵を感じるほどの加護を感じました」
それもそのはずである。
ユゲットは盗賊王の短剣――。
モルガーヌは精霊の杖――。
アデライドは竜王殺し――。
クリスティーンは聖王母の杖――。
これらはアタミが魔王討伐の途中で手に入れた最強の武器であり、いわば彼女たちはチートアイテムを装備して初回の冒険に臨んでいたのだった。
剣技だけはS級冒険者に匹敵するアデライドを除けば、ほかのメンバーたちはみながレベル1くらいに過ぎない。
それぞれの攻撃力はひと桁程度に過ぎなかったはずが、全員が一様に+500くらいの攻撃力や魔力を上乗せされれば、上級とはいえモブであるモンスター程度は出会い頭に一発でのされてしまうのは自明の理である。
「よっしゃー! アタシたちはもはや初心者は卒業だ!」
「ユゲットさんたらあんなにはしゃいじゃって」
「ふふふ」
「待ってくださいみなさん。あそこの奥、なにか見えませんか?」
浮かれる仲間たちにクリスティーンが注意を促す。
クリケッターたちの死骸の山で隠れて見えなかったが、隘路の先にはぼんやりとなんとなくわかる程度の光があった。
「罠、かもしれませんよ」
「こういうのはユゲットさんにお任せしなされ!」
「罠かもしれないって今私いいましたよね?」
「とはいえ、ここまで来て確かめずに帰投はできないな」
「アデライドさんのいうとおりかもしれません。慎重に探ってみましょう」
いつもならば冷静に全員のストッパー役になっていたクリスティーンも自分たちの戦果に興奮して、特別な警戒もせずに先へ進むことを選んだ。
その先にあったのは――。
クリスティーンたちが今まで見たことのないほど大規模かつ尋常ではない広さの空間と強大な魔力を放つ魔法陣であった。
「お、見っけ」
ヴェロニカを従えたアタミはたいした時間もかけずにぽんこつカルテットを発見した。
「アタミっち?」
「アタミさん」
「アタミ殿!」
うおおおっ、と歓喜の声を上げながら両手を広げ突っ込んで来るアデライドを闘牛士のように華麗にかわす。
「な、なぜ……?」
アデライドはダンジョンの岩肌に頭から突っ込むと額から血を流しながら凄まじい形相で振り返るがアタミは相手にしない。
「アタミさん、どうしてここにいらっしゃったのですか?」
息せき切ってクリスティーンが駆け寄って来る。アタミは首をコキコキ鳴らすとなんと説明すればいいのか、少し迷った。
「実はかくかくしかじかでだな」
「……すみません。なにかの暗号でしょうか? 不勉強ですみません」
「いや、今のは話の枕だ。マジに取るな。んーとだな、そう! そこの魔法陣な。移動魔法陣なんだ。どこに繋がっているかはわかんないあぶねーもんなんだよ。で、今、ギルドから緊急連絡が入ってな。危険だから職員に調査に赴くよう依頼があったんだ。君たちは決して近づかないよよーに」
「えええ、でもアタミっちがいうんならやめとこっか」
「ちょっと待ってくださいユゲットさん。ワケのわからないものに飛び込むおつもりだったんですか?」
「アタミ殿。そちらの女性はS級冒険者のヴェロニカ殿で間違いありませんよね。なぜ、一緒におられるのですか? 私どもと来たときには影も形もなかったはずですよね」
「あの、アデライドさん落ち着いて。アタミさんは調査のためと仰られていましたよね。きっとアタミさんひとりでこの移動魔法陣を調査するのは不可能なので、ヴェロニカさんを護衛に派遣したのでは? 以前、わたしがはじめて依頼を受けていたときもご一緒されていましたよね」
「そこの僧侶のいうとおりだ」
「以前も? ちょっと待ったっ。その話は初耳だぞ! 聞いてないっ。聞かされてないっ、どういうことなのですかアタミ殿、どう申し開きするおつもりですか!」
「まーまー、アーちゃんも落ち着いて」
「もごががっ」
ユゲットをはじめとするぽんこつたちが詰め寄るアデライドを四方八方から拘束する。
「てなわけだ。とりあえずクリスティーンたちはここで待機してろ。下手に外に出ると危険だからな」
「え、それって、どういうことでしょうか?」
「あー、とにかくだな。おまえは俺を信じてすべて委ねればいい。わかったか?」
上手くいいわけが思いつかなかったアタミはクリスティーンの頭を撫でた。
「ふわっ……はい」
クリスティーンは頬を染めるとアタミの目をジッと見てコクとうなずいた。
アタミはぽんこつカルテットから離れると巨大な移動魔法陣の前に立った。
魔法陣は青白く発光しながら、うおんうおんと腹の底に響く重低音を放っている。
アタミの隣にそっとヴェロニカが立つ。
「よし、そんじゃあ行くぞヴェロニカ。なんだ?」
わずかな表情の差にアタミが怪訝そうに眉を顰めるがヴェロニカはいつもと変わらぬ口調でいった。
「いえ、よく調教してあるなと思いまして」
「なんだよ、なにがいいたい?」
「別に」
「おかしなやつだな。ま、いっか。とうっ」
アタミは特に気負いもなく移動魔法陣に飛び込んだ。
地底魔王たちの言が本当であるならば、この先には突撃を控えた真魔王軍二十万の本隊が待ち構えているはずである。
全幅の信頼をアタミに寄せるヴェロニカもあとに続く。
最強無敵の事務職員を飲み込んだ移動魔法陣だけがその先を知っていた。




