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46「合流」

 伽藍洞になったギルドの中でヴェロニカは膝を突いていた。


 呼吸が苦しい。


 戦闘になった時点でほぼすべての人間が逃げ出していた。


 あたりには瓦礫と崩れ落ちた石くれが無数に散らばり、その上へ魔物たちの死体が積み重なるようにして層を形成していた。


 体力が落ちている。


 思っていた以上に『暴食』のスキルは力を消費した。


 ただ一度で動けなくなってしまうようなヤワな鍛え方はしていなかったつもりであったが、今回は蠅の王が喰らう対象が大きすぎた。


 手にした剣が重い。


 いつもなら意識もしないはずなのに、気力体力がドッサリ削げ落ちた今の肉体では剣を保持するのも億劫だった。


 呼吸が荒い。

 視線を上げるとあたりが夜のように暗かった。


 意識して大きく呼吸を繰り返すと、次第に視力が戻って周囲の情景がよく見えるようになる。


 スキルの消耗で脳に酸素がいかなくなると光を失うのだ。


 わずかな間、盲目状態になるのはいつものことだった。


 力が戻って来ると、ようやくあたりに気を配る余裕ができた。


 なにを考えていたのだ――。

 そうか。


(アタミさまにこのことをお伝えしないと)


 なんとか立ち上がって萎えそうな気力を奮い起こす。

 小さなコトリという音に気づいて視線を転じる。


 無数のモンスターの死骸の山でかろうじて息をしている土竜がなんとか逃げようと這いずっているのが見えた。


 ヴェロニカは小兵な土竜に近づくとその背に長剣の切っ先を刺した。


「あでぃっ!」


「まだ生きているとは相当にしぶといな。さあ、私には時間がない。とっとと知っていることを話してもらおうか」


「だ――誰が。オレはこれでも誇りある地底魔王さまに仕える戦士。ニンゲンに与するエルフなどに屈するなどと思うなよ」


「……」


「いいいいっ。いぎいいっ。背中をグリグリ抉らないでぇえええっ。話す、なんでも話しますう!」


「最初からそうしろ」


「あ、アタシたちはああっ、地底魔王サザンフランネルさまの命令で地下からストラトポンの戦力の中核である冒険者ギルドに奇襲をかけて制圧し、その余勢をかって城外にあるカタカタ村付近のダンジョンにある移動魔法陣から真魔王軍を呼び寄せ一気にニンゲンどもの勢力を叩くつもりだったのですうううっ!」


「わかった」


「ひ、ひ、ひひひ。美しいエルフのお姉さん。許してくれるんですかァ? あ、なんならアタシお姉さんの奴隷に志願しちゃいますう。あのサメ兄弟をぶっ殺す手並みといい、さすがでヤンすねぇ。いつかはやると思ってましたよ。ええ、出会ったときからですよう。あはは。なんなら、アタシのことはお姉さん専属の性奴隷でもなんでも――」


 ヴェロニカは無言で長剣に力を込めると土竜の心臓を破壊した。


 真魔王軍はそこまで来ている。

 体力を証もし尽くすわけにはいかない。


 すでに虎の子の『暴食』を使ってしまっているが、やらなければいけないことは残っている。


 そのためにはアタミを探し出さなければならない。

 この場に居ればなんやかんやいっても必ず力を貸してくれたはずだが――。


 そうでないことからストラトポンから離れていることは確実だ。


「あ、あのぉ」


 不意に背後から声をかけられヴェロニカは反射的にその場を飛び退ると剣を構えた。


 だが、目の前にいたのはローブのフードを目深に被って表情がよく見えない男だった。


「侵攻して来た魔族の者か?」


「違いますよう。ギルドに所属する冒険者です。あの、あなたS級冒険者のヴェロニカさんですよね」


「そうだが……」


「僕、アタミって職員の人からアナタに伝言を受けているんですけどお」


「なんだと!」


 ヴェロニカが吠えるとフードの男は「ひっ」と呻いてその場に尻もちを突き、ジョロジョロと失禁した。


 そんなには怖くなかったはずだとヴェロニカの乙女心は少しばかり傷ついた。






「さあ、どうしたものかな」


 アタミは丘一帯に広がるモンスターの死体の山を眺めながら手にした剣を下ろした。


 最初に襲いかかって来たサザンフランネルという土竜の怪物はアタミのただのひと打ちで絶命した。


 地底魔王の称号も虚しく、サザンフランネルという稀代の怪物も今や地面に散らばった細切れの肉塊となり、下半身だけが佇立したまま残されていた。


 地底から現れた魔物の軍団は黒い波濤のように次から次へとアタミに襲いかかったが、余すことなく斬り殺された。


 周囲は屍山血河そのもので、もはや命のある生物の気配はひとつもなかった。


 地底魔王たちが這い出て来た大穴もモンスターたちの死体で塞がれており援軍がこの地に到達することはないだろう。


 数百から数千はアタミに向かっていったのだろうが、まったくもって勝負にならないとわかった時点での残った地底魔王の軍勢は蜘蛛の子を散らすように霧散した。


「面倒だけど、ダンジョンの奥にある移動魔法陣から乗っ込んで真魔王とやらを直接ぶっ殺すしかないか」


 久々の戦闘の余韻でボーっとしかけたアタミであるがハッと気づいた。


「あ、やべ! そーいやダンジョンの奥にはぽんこつどもが行ってるじゃんか。こりゃ急がねーと今ごろ真魔王軍と鉢合わせしてるんじゃないか?」


 アタミは戦慄した。手塩にかけて育てたパーティーが全滅の危機に瀕しているのだ。それは、かつてアタミが朝顔を植えたことを忘れ長期間放置した挙句、枯れ果てる寸前までいったことに似ていた。


「アタミさま!」


 不意にかけられた声に顔を上げる。


「おまえ、どうしてここに?」


 S級冒険者のヴェロニカだ。


 彼女は金色の髪を振り乱しながらこちらに駆けて来る。


「これらのモンスターは。アタミさまが?」


「ああ、地底魔王軍だって。おまえのいうとおりにギルドでジッとしとけばよかったよ」


 ヴェロニカは口元を自分の手で押さえながら目尻に涙を浮かべながら周囲を見回していた。


 それから下半身だけが地上に残った地底魔王を名乗ったサザンフランネルの屍に視線を止めた。


「このひと際巨大な怪物は?」

「その土竜が地底魔王だってよ」


「地底魔王をいとも容易く屠るとは……! さすがアタミさまは現世に生きる英傑の中の英傑!」


 なにやらヴェロニカが神々しいものを見るような目でアタミを凝視している。


 経験上、アタミはこの目をした女がときとしてどのような無軌道な行動をもあたりまえのように取るところを幾度も見て来た。ロクなことが起きない前兆だ。


 不吉とさえいってよかった。


「んなことよりも。おまえ、なにか俺に用があって来たんじゃないの?」


「は、あまりのアタミさまの無敵さに我を忘れていました。実は――」


 ヴェロニカは地底魔王の奇襲部隊が冒険者ギルドを襲い、ストラトポンの中枢を麻痺させたのちに真魔王軍の本隊を王国軍の内側に召還して一気に人間側の勢力を撃滅する作戦のことをアタミに伝えた。


「――で、そのための移動魔法陣がこのダンジョンにあると」


「はい。アタミさまの居場所はギルドに居た冒険者の言伝で知りました。そして遅ればせながら、こうして駆けつけた次第でございます。もっとも、私が助勢に来ても足手まといだったかもしれませんが……」


 無数のモンスターたちが屍を晒す異様な戦場をヴェロニカはうっとりとした表情で見やっていた。


 その横顔は宗教画に出てくる聖女のような美しさと儚さが同居していた。普通の男ならば見惚れてしまうはずの可憐さにアタミは静かな狂気を感じ取ってぶるると震えた。


「ううっ」


「どうされました? この風でよもやお風邪を召されましたか?」


「いいや、そんなんじゃない。とにかくだ。このまま真魔王軍とやらは放っておけない」


「はい」


「ギルドが消滅したら俺はまたタダの無職に戻ってしまう」


「ですね」

「なに笑ってるんだよ」

「いえ、別に」


 アタミは知る由もないが、ヴェロニカは目の前の稀代の英傑が善行の照れ隠しに本心を韜晦しているのだと思い込んでいたのだが、現実は非常である。


 かのアタミ本人は本気で真魔王軍を自分の平穏な生活を脅かす近所の変わり者程度にしか思っていなかった。


「んじゃ、いっちょ行くか。事務職員として街の皆さんに迷惑をかける輩は放置しておけないもんな」


「はい」


 アタミがボロボロになった剣を担ぎ歩き出すと、ヴェロニカは忠実な犬のようにそのあとを至福の表情でつき従うのだった。



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