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43「オケラケラケラ」

「チッ。オレさまちゃんが楽しんでるときによ。テメェら。この勘違いのクズを片づけな」


「ハイでゲス!」

「任せてくんしゃい!」

「うらららっ!」


 身長四メートルに達すると思われるボス土竜の指示を受けてザコ土竜たちが唸りを上げてジェイコブに殺到する。


 その数、十余名。


「ハッ。舐められたもんだぜ。このジェイコブさまがよ」


 ジェイコブは背負っていた大剣をなめらかな動きで引き抜くと上下左右から襲いかかるザコ土竜たちを瞬く間に両断した。


「ほう」

「きゃっ」


 ラシェルの髪を掴んでいたボス土竜が手を離す。ラシェルが地上に落下したことで一瞬ジェイコブの気がゆるんだ。


「んべっ」

「どうげっ? なんだこりゃあ!」


 ボス土竜はそれを見逃さず、指先一本動かさずに口中から迫るジェイコブに向かって唾液を吐き出した。


 量からすればバケツ一杯分はある。ジェイコブは動揺しながら突進を止めて背後に飛び退ったが、ものの数秒も経たない内に目の焦点が合わなくなりその場に横倒しになった。


「な……なんで?」


「馬鹿が。これがオレさまちゃんとニンゲンの格の違いっつーの」


 土竜の唾液には獲物を麻痺させる成分が入っておりジェイコブは致死量をまともに喰らったおかげであっという間に絶息した。


「あ、あああ」


 もしかしたらこの機に乗じて助かるのではないかと思っていただけにラシェルの絶望はより深くなった。


「オイ、マンフレッド。おれたちゃ遊んでる暇はそうねぇぜ! 十分やるからとっととこのギルドを制圧しておけや。おれたちはサザンフランネルさまのご指示通り郊外のランデブーポイントに向かう」


「わ、わっかりましたぁ! てなわけでメス。遊んでやる時間なくなっちまったなぁ。これでオシマイだァな」


「そ、そんな……!」

「じゃあ、な」


 マンフレッドが爪を振り上げてラシェルに振り下ろそうとした瞬間――。


 しゅぱん


 と小気味のいい音が鳴って土竜モンスターの右腕が切断された。


 ぶしゅるるん


 とマンフレッドの右腕から激しい鮮血が噴水のように吐き出され、あたりに強烈な臭気が拡散された。


「パ、パネェえええっ。なんじゃこりゃあああ――づ?」


 続いて銀色の刃が煌めいてマンフレッドの巨大な首を落とした。


「あ、あなたは。ヴェロニカさま……!」


 死地にいたラシェルは歓喜の声で長剣を持つエルフに声をかけた。


 S級冒険者のヴェロニカである。


「――覚悟を決めるか」


 ボソッと誰にも聞こえない音量で呟いた。


 ヴェロニカはこの場に出現したモンスターをすべて倒す覚悟を決めた。






 真魔王軍五十万が四路に分かれて連合王国を撃滅せんと進軍している最中――。


 アタミの指導するぽんこつパーティーは寒村の初心者ダンジョンでのどかにスライムを狩っていた。


「んんん。なにこれ、なにこれ! ネチョネチョするっ。とってもネチョネチョする!」


「ユゲットさん、いったいなにをやっているのですか! こっちにスライムをおびき寄せないでくださいっ、ってふあああっ。変なところに、変なところにスライムがあああっ」


「う、ううう。慣れる。私は慣れた。慣れるとき。ううう、狭いの怖いよう」


「落ち着いて、みなさん落ち着いてください。落ち着いてアタミさまのいう通りに動けば活路はきっと――ふやんっ」


 ユゲットは顔に張りついたスライムに――。


 モルガーヌはAV女優のように胸元にドロッと染み込んで来るスライムに――。


 アデライドは潜在意識を苦しめる闇に――。

 クリスティーンは足元で蠢くスライムに――。


 それぞれ苦しめられていた。


「ふぬうううっ。と、とれたっ」

「あああんっ。ダメ、ダメですってば! いやああっ」


「ちょっと目を離している隙にモルガーヌさんがあられないお姿に!」


「貝。私は貝。貝は殻を閉じればなにも見えない」


 だが、人間はどのような状況にも慣れるものだ。


 最初は悪戦苦闘してようやく一匹ずつ倒せていたスライムであった。


 だが、ぽんこつカルテットたちは時間の経過と共にそれらを次々と撃破できるようになっていった。


「なあ、そろそろ規定数を狩ったのではないのか?」


 スライムを剣の柄尻で押し潰していたアデライドがいった。


 当初は狭さと暗さでロクに動けなかった彼女であったが無我夢中で戦っているうちにきにならなくなったようだ。


「もう慣れたからなんともないよー」

「やってみれば意外と簡単でした」


 ユゲットとモルガーヌも落ち着きを取り戻しすでに鼻歌混じりである。


「みなさん、思ったよりも怪我がなくてよかったです」


 そういうとクリスティーンは活力が湧く魔術を全員にかけた。


「むぅー。けどさけどさ。慣れて来るとスライム狩りだけじゃもの足んなくね? この奥ってレベルアップしたアタシらにふさわしい強敵が待ち受けてるかもよ?」


「あのですねぇユゲットさん。私たちはパーティーを組んで初回の冒険ですよ。調子に乗って無理をすると痛い目に遭うって相場は決まってます」


「ふぅん。モルガーヌ、怖いんだ」


「なっ。怖いなどと、私はこれでもあなたよりずっと経験のある冒険者ですよ! 舐めてもらっては困ります」


「ふぅん、ふぅん。でも、経験があって魔術の達人のモルガーヌさんはアタシたちパーティーの飛躍とか可能性は考慮せず弱虫になっちゃうんだね」


「よ、弱虫なんかじゃありませんっ」

「アデライトはどう思うかにゃ?」


「ま、この程度の敵ならば問題はないだろう。私も含め、みなは意外にやれるとわかったなら、さらなる敵を追い求めてダンジョンを踏破するのが冒険者というものだろう」


「あ、あの。アデライドさん? わたしたちは村を脅かすスライム駆除は請け負いましたが、別に武者修行の旅をしているわけじゃ……」


「クリスっちは回復役だけどバトルの経験は重要っしょ。それにアタシたち、みんなに出遅れてるんだよ。ちょっとばっかし頑張らなきゃ追いつけないような気がするんだよね」


「ユゲットさん……」

「ユゲット……」


 感じ入ったようにモルガーヌとアデライトが息を呑む。クリスティーン自身もユゲットがそこまで深く考えてこのダンジョンの探索を続けようと決めつけていただけに、自分の消極さを恥じてうつむいた。


「確かにわたしたちは出遅れています。けれど頑張ることと無茶は意味が違うと思うのです。けどユゲットさんやみんなの気持ちもわかるので、ここは一度入り口に戻ってアタミさんに相談するのはどうでしょうか?」


 クリスティーンは伝家の宝刀であるアタミの名を口にした。パーティーの全員は実のところ、自分たちを引き合わせてくれた事務職員の男を心の奥底では思った以上に信頼していたのでクリスティーンの言葉を積極的に否定しようとはしなかった。


「そだね。一度、戻ってアタミっちに相談するのも手だね」


「ユゲットさんの意見に私も賛成です。安全も担保されますしね」


「アタミ殿の言葉は絶対だ」

「それじゃ満場一致ということで一度戻って――」


 にこりとクリスティーンが笑みを浮かべながら手にした杖をウキウキ振ると、背後から岩がガラガラと崩れ落ちて強烈な殺気が一同に浴びせられた。


 途端に全員が戦闘形態を取った。


 前衛にアデライドとユゲットが並び、それをサポートするようにモルガーヌとクリスティーンが後衛に下がる。


「ケーラケラケラ。こおぉんなトコロにニンゲンどもがいたケラよ」


 全身が褐色であり極端に前足が発達したオケラを祖とするであろう怪物は、狭い坑道をたちまち埋め尽くすとクリスティーンたちに向かって威嚇音を響かせた。


「ケラケラケラ。若いニンゲンのメスばかりなり。ガブリと一発いくケラよ?」


「このモンスターは! クリケッターたちです」


 年季は詰んでいると豪語するだけあってモルガーヌは突如として現れたモンスターたちの正体をズバリいい当てた。


「んで? モルっち。こいつら強いん?」

「え、ええと。私も図鑑で読んだことがあるくらいで……」


「使えんしー」

「ちょっ! 人を使えるとか使えないとか、道具みたいにいわないでくださいっ」


「おっと、ユゲットさんはあくまで的確に表現しただけ。悪意はないのだ」


「お、おふたりともっ。今は目の前の敵に集中をっ」


「クリスティーンのいう通りだ。そもそも私たちが帰るといっても敵サンはやる気は充分らしい。黙ってこのまま見逃してはもらえなさそうだな」



「……その、そろそろバトル展開に入ってもいいケラか?」


 クリケッターは細かい毛がびっしりと生えた前足をクイクイ動かしながら、困ったような声を出す。


「もののついでだ。このオケラを狩りまくってアタミ殿に私たちの成長具合を見せつけてやろうではないか」


 異常に士気が高まっているアデライドに続いてユゲットもクリケッタ―に襲いかかる。


 期せずして地中におけるぽんこつカルテットたちの第二戦はこうしてはじまった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 何かこの前のパーティと同じになりそうな予感が・・・ [一言] アタミは多分寝てるなw
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