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41「連合王国最後の日」

「勇猛果敢にして忠実無比な我が精鋭たちよ。吾輩も連合王国の獅子と恐れられた男だ。言葉を偽るつもりはない。端的に事実だけを告げる。我が軍は危機に瀕している」


 南から攻め寄せる真魔王軍を真正面から迎え撃っていた王国軍南方総司令官グレイスフル将軍は禿頭に脂汗を滲ませながら苦渋に満ちた表情を見せた。


「何故でございますか」

「我が軍は健全さを保っております」

「前線は一歩も退いてはおりませんぞ」


 グレイスフル将軍の幕僚たちが一斉に喚いた。


「貴君らに過ちはない。いうなれば、これは我ら王国側の作戦不備。真魔王軍の本隊は北方から王都に主力を集中させると見せて、それは虚であった。実際は西のランディか続々と上陸を果たしている。さらにつけ加えると、西から突入した軍には真魔王自身が従軍しているという。やつらめは、王国軍の主力を北に陽動しておきながら西の要衝であるストラトポンを一気に攻め落とし王国軍の戦意を一気に削ぐつもりだ。あの街が落ちれば軍の動揺は計り知れない。よって我ら南方軍はズルズルベリーの守りを最低限にして西に向かい真魔王軍を短期決戦で迎え撃つ」


「して、将軍。この地に残す兵は」

「二万。それが精一杯だ」


 将軍の言葉。

 幕僚のひとりが顔色を変える。

 なぜなら――。


 南方から攻め寄せる真魔王軍も十万を超えているからだ。


「それではボー・アッシュはもたない」


「留守居の兵にはギリギリまで粘ってもらう。そして戦況によってはボー・アッシュは放棄する。とにもかくにも西を守れと王都の枢機卿から直々のご命令だ。どうあっても王が住むロムストンは落とすことは許されん……」


 グレイスフル将軍――。

 苦渋の決断だった。






 ――なんということだ。もはや逃げることもままならないとは。


 ヴェロニカはギルドの中枢部、すなわちギルドマスターが全S級冒険者を招集して行われた緊急会議にて連合王国最後の日が来てしまったことを聞かされていた。


 ギルドの優秀な斥候部隊によると、真魔王軍を名乗る魔族の軍勢は東西南北から四手に分かれて、総勢五十万の軍勢が迫っているとのことだった。


 さらに、これは王国すらまだ知らぬ事実であったが、本命であるはずの王都に迫る北からの真魔王軍の軍勢は陽動であり、王国軍の主力を北の果てに引きつけているだけのカカシに過ぎないということを探り当てていた。


 真魔王軍の目的はまずこの西の要衝であるストラトポンを攻め滅ぼし、王国軍の戦意を著しくくじくこと。


 ただでさえ各地の都市を守るために戦力を分散させている王国軍は終結に時間を要し、真魔王自ら率いる軍勢にはひと当てで打ち滅ぼされる確率が非常に高い。


 ギルドマスターはS級冒険者をなんとか鼓舞して真魔王軍の足止めを命じた。


 ただの時間稼ぎに過ぎない。

 ヴェロニカの眼差しは果てしなく昏かった。


「ストラトポンに迫る軍勢は二十万。しかも半分は魔族の虎の子である近衛師団。さらに最悪なことに真魔王自身が従軍している……」


 駆け足になりながらヴェロニカはその端正な顔を歪ませ小指の爪を噛んでいた。これは彼女が幼少期から精神が不安定になるとよくやる癖であった。


「くっ!」


 どうにもならない。ヴェロニカはギルドの廊下の途中で無意識の内に足を止めた。自分は今、なにをやっているのだ。


 ギルドマスターに命じられたのはストラトポンの防衛のために、個々の全力を持って西方からやって来る真魔王軍の足止めであったが、向かうかどうかは個々の意思に委ねられていた。


 ヴェロニカ以下のS級冒険者はそれぞれの反応を見せながら決戦のために市外へと向かった。


(だが、私はどうだ? 当然のようにアタミさまを探しにこの場を離れようとしている)


 独立心のある女であるならば自分の運命は自分で決めるべきだ。


 いくら元勇者であるアタミが強くとも、彼はすでに引退している。


 それを巻き込むのは、卑怯ではないのか?


 なんだかんだ理屈をつけても自分はこうして危機に瀕すれば当然のように強い男に頼ろうとしている。


「……馬鹿な。甘えを捨てねば仇討などできるはずもないだろうっ」


 真魔王軍はアタミを除いた冒険者と軍とで撃退しなければならない。


 だが、それすらも民間人の命を軽視したヴェロニカ自身のエゴではないのだろうか?


 本当に誰かを救いたいのであれば建前はすべて捨てて最善を尽くすべきなのでは。


 ヴェロニカの頭の中をぐるぐる回る葛藤を打ち砕いたのは、ロビーから聞こえる絶望的な悲鳴であった。


「この期に及んで、なにを」


 ギリリ、と歯を食いしばって再び駆け出した。

 あっという間にロビーにたどり着く。


 そこには逃げ遅れた冒険者やギルド職員を相手取って傍若無人に振る舞う巨大な二匹のサメがいた。



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